立花孝志氏が「NHKをぶっ壊す」というのをスローガンに、今注目を集めています。立花孝志氏の論理は鉄壁で、既存の価値体系内ではほとんど反論不可能です。
これをどうすれば処理できるかというと、
結論から言えば、国家権力は立花孝志氏に譲歩するしかないでしょう。
結論から言えば、国家権力は立花孝志氏に譲歩するしかないでしょう。
幸いなことに、立花孝志氏はNHKのみに的を絞っているわけで、NHKを差し出しさえすれば、権力側はある程度の時間を稼げるでしょうから。
昭和11年に二.二六事件という下級将校の反乱事件がありました。当時の日本は今と同様に長引く不況下にあったのですが、下級将校たちは、庶民のこのような惨状では軍の一体性を保てない、という理由で蜂起しました。
事件は天皇主導で鎮圧されたのですが、天皇の直接的権威に頼らなければ日本のエリートはあの程度の反乱すら鎮圧できないということが、一般国民はともかく軍部内ではあからさまになってしまいました。
日本のエスタブリッシュメントがだらしないということが国民の前に明確にさらされたのが、終戦後A級戦犯が巣鴨に連行された時です。
「生きて虜囚の辱めを受けず」
と自分で言っていた人たちが、生きたまま巣鴨に連行されて行ったわけですから、国民としては開いた口がふさがらなかったでしょう。
「生きて虜囚の辱めを受けず」
と自分で言っていた人たちが、生きたまま巣鴨に連行されて行ったわけですから、国民としては開いた口がふさがらなかったでしょう。
二.二六事件以降、日本のエスタブリッシュメントは実はだらしないということが軍部内で明らかになってしまって、軍内部での統制が取りにくくなってきます。
盧溝橋事件が昭和12年7月、第二次上海事変が同年8月と国家首脳部の意向に反して戦線は拡大するばかりとなってしまいます。
盧溝橋事件が昭和12年7月、第二次上海事変が同年8月と国家首脳部の意向に反して戦線は拡大するばかりとなってしまいます。
軍の上層部がだらしないということが認識されて、軍の下級官僚が上層部を戦争拡大方向で煽ることによって状況をコントロールしようということになってしまい、新聞メディアもこの流れを助長し、状況をだれも止めることができなくなり、巨石が転がり落ちるかのように大日本帝国は戦争にまっしぐらです。
あの戦争をどうすれば避けることができたのかを考えた場合、実は難しい問題になります。東条が悪いとか西園寺が悪いとか天皇が悪いとか、個別の意見はいろいろあると思うのですが、そもそも帝国日本のエスタブリッシュメントの資質が一般国民と比べて特に優秀であるわけではないという事実の前では、個別の事情はたいした意味はないでしょう。
当時において出来たであろうことは、改革を叫ぶ下級将校にある程度譲歩して、時間を稼ぐぐらいしかなかっただろうと思います。
歴史で仮定の話をしてもしょうがないのですが、もし一年ほどの時間を稼げていたなら、真珠湾が1年遅れていたのなら、独ソ戦の戦況を見て日本はもっと有利に立ち回れたと思います。
歴史で仮定の話をしてもしょうがないのですが、もし一年ほどの時間を稼げていたなら、真珠湾が1年遅れていたのなら、独ソ戦の戦況を見て日本はもっと有利に立ち回れたと思います。
おそらく現代日本のエリート層には、日本というものに対する矜持とか、そんなものはないと思います。
エリートだからと言って特別な体験をしているわけでもなく特別な教育をうけているわけでもないですから。
政治とは哲学であり、一流の哲学とは社会の一体性、全体の秩序を維持する技法です。人間における巨大社会においては蟻と違って無条件に秩序が与えられているわけではありません。
哲学を持たないエリートが社会全体のことを考えられず自分のことだけを考えるようになってしまうのは必然です。でもこのことは現代日本の社会状況を考えればしょうがないことでありどうしようもないことでしょう。
そしてこの状況は二.二六事件前夜とおなじであり、すなわちこの期に及んでエリートの出来ることは時間稼ぎぐらいしかないということになるでしよう。
関連記事
立花孝志は何故無敵なのかそしてこの状況は二.二六事件前夜とおなじであり、すなわちこの期に及んでエリートの出来ることは時間稼ぎぐらいしかないということになるでしよう。
関連記事
コメント