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丸山眞男の「超国家主義の論理と心理」は昭和21年発表です。

「超国家主義の論理と心理」では、戦前日本の超国家主義を分析することで、なぜ日本は太平洋戦争であのような惨敗を喫したのか、を明らかにしようとしています。
しかしこの論文の面白いところは、過去の日本についてだけではなく、現在の日本がなぜ経済競争で惨敗を喫しつつあるのかにもつながってくるところです。

まず丸山は、日本人は「近代的人格の前提たる道徳の内面化」ができなかった、と書いています。道徳の内面化というのは簡単に言うと、自分の価値というのは自分の中にある、という考え方です。自分の価値は自分の中にあるという確信が、自分は自分であるという自己同一性を育んでいきます。

では日本人はどのようにして自分というものを維持しているのかというと、「抑圧の移譲による精神的均衡の保持」だという。

「抑圧の移譲による精神的均衡の保持の世界」とは何かというと、上のものにはペコペコして下のものには威張ることによって全体のバランスが維持されている世界ということになります。

徳川封建時代もこのような「抑圧の移譲による精神的均衡の保持の世界」だったのですが、江戸時代は職業によって人が分けられていた時代なので、職業を超えて抑圧が移譲するということは少なかったようです。武士も農民には威張っていたでしょうが、それは武士世界と農民世界との接点にいる人たちの話で、一般の武士と一般の農民が直接、抑圧の移譲を行うということはないです。
これは現代で例えるなら、大企業の協力会社担当社員と協力会社社長間に抑圧の移譲はあるかもしれませんが、大企業の一般社員と協力会社の一般社員とでは抑圧の移譲が行われるような場がないというのと同じです。

江戸時代には並列的にあった抑圧の移譲の場というのが、明治維新以降、国家という枠組みの中で序列化されるようになります。日本国民が一つの場で抑圧の移譲を行うようになります。

この結果、どのような現象が起こるかというと、

「法は抽象的一般者としての治者と被治者を共に制約するとは考えられないで、権威のヒエラルキーにおける具体的支配の手段に過ぎない。だから尊法というのはもっぱら下のものへの要請である。煩雑な規則の適用は上級者へ行くほどルーズとなり、下級者ほどより厳格になる」

このようなことは誰でも知っている、と丸山眞男は言う。

現代の上級国民問題やNHK受信料問題とつながるところがあります。
ある政治家は、NHKのありかたは問題だけれどもNHK受信料は法律に従って払うのが当然だと言います。しかしこの考え方は、「法は権威のヒエラルキーにおける具体的支配の手段に過ぎない」という認識からの帰結でしょう。

また抑圧の移譲日本における別の現象について、丸山眞男は
「思えば明治以降今日までの対外交渉において対外硬論は必ず民間から出ていることも示唆的である」
と語ります。

現代のネット右翼の嫌韓というのは、彼らが抑圧されつつも、その抑圧を国内では移譲する先も移譲する勇気もないので、韓国に抑圧を移譲しているということになるでしょう。
丸山自身はこのように語ります。
「中国やフィリピンでの日本軍の暴虐な振る舞いについて、営内では二等兵で圧迫を移譲すべき場所を持たない者が、ひとたび優越的地位に立つとき、己にのしかかっていた全重圧から一挙に解放されんとする衝動に駆り立てられたのは怪しむに足りない」

明治憲法下で日本人は自分の中に価値を持つという近代的自我形成にトータルとして失敗したと丸山自身は語るのですが、戦後において、日本人は近代的自我形成、すなわち道徳の内面化は出来たのでしょうか。

丸山眞男はこう語ります。

「国体明徴(こくたいめいちょう)は自己批判ではなくして、ほとんど常に他を圧倒するための政治的手段の一つであった。これに対して純粋な内面的な倫理は絶えず無力を宣告され、さらに無力なるがゆえに無価値とされる。倫理がその内容的価値においてではなく、権力的背景を持つかどうかによって評価される傾向があるのは、倫理の究極の座が国家的なものにあるからに他ならない」

国体明徴を憲法9条に言い換えれば、これはそのまま現代左翼リベラル批判として読めるでしょう。丸山眞男は戦後リベラルの最高の知性でした。
戦後リベラル教育は全く失敗して、現在において日本は経済的惨敗を迎えつつあります。

「政治の世界」は丸山眞男の昭和27年の評論。
若き丸山のひかえめながらも熱い思いが伝わってくるような。

巨人丸山を読みながら、リベラルとは何だったのかという事を考えてみたいと思う。

政治とは何かについて丸山は、
「社会的な価値、例えば知識、尊敬、威信、快適、優越、勢力、権力などの獲得、維持、増大をめぐる争いについての解決の概念」
だという。
政治の背後には武力というものがあって、近代において武力は原則として国家しか持たないわけだから、必然的に政治とは国家の内部についての話がメインになる。

丸山はひとつの伝承を語る。
戊辰戦争で板垣退助が会津城を囲んだとき、会津の農民は自分の藩の危急存亡にも全く無関心で、平然と官軍を受け入れていた。人民における政治の不在に危機感を抱かせたこの出来事が、後に板垣を自由民権運動に投じさせた動機になったという。

この話を丸山は肯定的にとらえている。すなわち丸山は、出来るだけ多くの国民が、国家内において価値をめぐる争いに参加するべきだと考えているわけだ。社会的な価値の内訳に「知識」をあげたけれども、何の知識でもいいというわけではない。とにかく尊敬されるような知識でなくてはならない。そして尊敬されるべき知識は学校教育で教えられる。
すなわち学校教育というものは、出来るだけ多くの国民に国家的価値競争に参加してもらうための一つの機構ということになる。そして何が価値のある知識であるかという判定は、明治憲法下においては最高権威の天皇にどれだけ近いかということで決定される。

これは当たり前のシステムではない。人々は今まで平和に暮らしていたのに、急になじみのない価値観を押し付けられて、この価値観をめぐって互いに競争しろって言われるわけだから。しかしこのシステムを支えた根拠は、一体性を強化しなければ日本は滅びてしまうだろうという国民共通の危機感だった。

時は流れて昭和27年。
丸山は今の日本には政治が必要だという。具体的にはこのように言う。

「民主主義が現実に民衆の積極的な自発性と活発な関与によって担われるためには、どうしても国民の生活条件自体が社会的に保証され手から口への生活にもっとゆとりが出来るということが根本だということにならざるをえません」

実に巧妙に原因と結果を転倒させている。
板垣退助は日本独立のために自由民権運動が必要だと言ったわけだ。これと同じ論理で言えば、丸山は国民が豊になるために民主主義が必要だと言わなければならないはずなのに、ここでは民主主義のために国民が豊かにならなくてはならないと語ってしまっている。
正しくは、日本が豊かになるためには日本はその一体性を維持しなくてはならないから、戦前までは価値の序列システムの中心に天皇を置いていたけれども、これからは天皇の代わりに民主主義とそれに付随する観念を据えなくてはならない、と言わなければならない。

日本が経済的に成長していた時代には、丸山的虚構は虚構であっても問題はなかった。しかし成長しなくなってしまうと、多くの国民にとって普遍的価値の序列システムに参加する意欲というのは薄れてしまうだろう。リベラルがその正義を声高に主張しても、積極的に支持されるという事にはならなくなる。リベラルはそもそもの根拠が怪しいので、あまり声高に正義を主張すると藪蛇みたいなことになりかねない状況だと思う。


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丸山真男の「日本ファシズムの思想と運動」の結論というのは、日本は近代の精神というものがドイツやイタリヤと比べて未熟だったので、日本ファシズムはヒットラーのような統一的な戦略を組むことが出来なかったというもの。この言説は、日本はとぼけていたからナチズムのようなひどいことまでは出来なかった、みたいな話で、そんなふざけきった論理が成り立つものだろうか。   そもそもファシズムとは何かと考えてみる。   近代とは何かというと、様々な価値を秩序付けるよって世界を整合的に認識しようという精神運動だろう。価値が秩序付けられた世界に暮らす人間は、そのような価値観の傾きが当たり前だと考えるようになる。かつて何らかの強力な言説が、世界の価値を秩序付け、世界の価値観は傾き、人々はその傾きを当たり前だと考えるようになり、その強力な言説は必要とされなくなり忘れ去られてしまう。もしそうだとするなら、傾いた世界のその下には傾いた分だけの空洞があるだろう。そこはかつて世界を傾けるほどの強力な言説がはめ込まれていた場所。自由主義の自由とはこの空洞のことを指す。自由主義、民主主義の自由とは、「この世界が思い通りになったらいいな」的な自由だ。束縛されないという意味に還元される。  ファシズムとは結局、世界の価値観の傾きを不安定だと考え、傾きの下にある空洞に、自由主義者が自由と呼ぶその空洞に、何らかの言説を押し込もうとする運動だ。ファシズムというのが一概に否定できないのは、失われた強力な言説を回復するという思考に合理性があるからだと思う。  分かりやすい話をしてみる。  小中高と一生懸命勉強して、まあいい大学に行ったとして、女の子と出会い結婚し子供も出来て、仕事では能力に応じて頑張って人にも評価され、年をとり孫もできてそこそこの生活をするうちに最後は死ぬだろう。このような人生においての自由とは、結局レールから外れたところの趣味という名の空洞と同じ意味になるだろう。ではそもそもレールは何で傾いていたんだ? 意味のない傾きと趣味という名の空洞。 もしこの空洞に意味のある言説を押し込むことができたなら、意味のない傾きは実体のあるものになるだろう。しかし、自由主義者にとっては、この空洞こそが自由であり、この空洞に何らかの言説を押し込もうとするものは、自由の侵害者であり、ファシズムという名で呼ばれるわけだ。  ここまで考えてみて、では日本ファシズムが戦前、ナチズムのような強力なイデオロギーを展開できなかったのは、日本の発展段階の未熟さ故であるなんていうのは、ちょっと無理なのではないかと思う。強力な言説が失われた時期が、遅いかとか早いかとか、そんなものに価値の差なんていうものがあるのだろうか。

丸山真男の「超国家主義の論理と心理」を今読むと、かなりずれているような感じがする。丸山真男は日本は明治維新以降一貫して超国家主義だったというようなことを書いていて、その例として、漱石の「それから」の大助の、「お父さんの国家社会のために尽くすには驚いた」という発言を引いている。確かに大助の父親は国家主義的な人物だったのかもしれないが、この大助なる主人公こそはニートだから。作品の中で、自分はなぜ働かないのかという論理を堂々と展開していた。「それから」を、超国家主義に日本が貫徹されていたなんていうことに引用するのはムリなのではないか。  そもそも丸山真男のいう「日本の超国家主義」とは何なのか。本文から判断すると、「天皇からの距離によって国家的社会的地位の価値基準が決定されていて、そのような社会では抑圧の移譲による精神的均衡の保持がおこなわれる」 ということになる。抑圧の移譲というのは、先輩からいじめられたら後輩をいじめるみたいなもので、丸山真男は福沢諭吉の「西隣に貸したる金を東隣に催促するがごとし」という言葉を引用している。 しかし超国家主義というものは日本を太平洋戦争に駆り立てた何ものかであり、それが抑圧移譲のシステムだというのは納得がいかない。抑圧移譲のシステムは、福沢諭吉の言うように江戸時代からの日本の風俗みたいなもので、これを超国家主義の源泉だというのは明らかにムリだろう。ただ丸山真男が軍隊で抑圧移譲のシステムという日本の風習にすごくいやな思いをしたということが分かるだけだ。  そもそも抑圧移譲のシステムなんていう田舎ならどこでもありそうな風習に、日本をして日清日露を勝たしめ、世界の列強の一つに数えさせ、最後はアメリカとタイマンだなんていう場所に押し上げる力があるのだろうか。  結局 「超国家主義の論理と心理」という有名な論文は、日本近代の精神史の傍流をその本流だと考えていて、まあぶっちゃけて言えば重大な判断ミスをしていると思う。

丸山眞男は「日本の思想」の中で、日本には伝統的に思想の座標軸がないから、すぐ転向とかずるずるべったりになるとか、まあそんなことを言っていた。                                            これが昭和32年。                                                         で、「忠誠と反逆」の発表は昭和35年。この3年の間にちょっと丸山は反省したのではないかと思う。日本には思想の思想の座標軸がないとか、ちょっと言い過ぎたのではないか。太平洋戦争に大敗北したけれども、よく思い出してみれば、戦前の日本もそう全くの発展途上国というわけではなかったということなのだろう。             思想の座標軸がある日本近代の思想家で真っ先に思いつくのは福沢諭吉だ。福沢諭吉は「学問のすすめ」とか「文明論の概略」とかのなかで、江戸時代にえらそうにしていたアイツやこいつが実は思想の座標軸を全く持っていなかったなんていうことを散々書いている。福沢人気の本質というのは、ここのところを面白おかしく畳みかけるように語るということにあると思う。そして、福沢諭吉自身の思想の座標軸とは何かといと、これが文明とか、合理性とか、功利性とか、まあそういうものなんだよね。しかし正直、合理性とか功利性程度では、思想の座標軸をになうなんていう大任は十分には果たせそうにないよね。合理性とか功利性程度でも、それはないよりは個人的に世界を秩序付けるのには役に立つとは思うけれど。                                          丸山眞男は日本思想の座標軸として、福沢諭吉の後に、自由民権運動、内村鑑三のキリスト教などをあげている。大事なことではあると思うけれど、トータルで座標軸なるものとしては確かに弱めではある。            実際に日本は太平洋戦争で、あの大敗北だったわけで、日本思想の座標軸が弱かったといわれても、まずたちどころに反論できるわけではない。                                                  日本とは結局あの程度のものだったのか、それとも未来に何かを成し遂げて過去を止揚できるのか。それが問われる時が来るだろう。

丸山真男の「日本の思想」は有名な評論だと思う。その内容はというと、日本の思想は伝統的に座標軸が欠如していて、あらゆる外来思想を等価値に自分の中に抱え込み、時代にふさわしい価値観をそのつど取り出すというスタイルだという。結論として、このようなずるずるべったりの思考をしているから日本はだめなのであって、日本人は強力な自己制御力で価値観を序列化し主体を生み出すことが必要だ、というものだ。           これだけの解説だと分かりにくいかもしれない。                                      補足をしておく。一人前の人間とは何かというと、自らが自らを制御する人間ということだろう。では自らを何を手がかりに制御するのかというと、自ら信じるところの一つの観念によってだ。その観念によって自分の周りにある価値観を秩序づけるわけだ。ここで大事なことは何の観念で自分の世界観を秩序づけるかということ。その中心観念は出来るだけ正義に近い方がいい。お金とか世間体とか会社とか、その程度のものを中心観念にしてしまうと、それによって出来上がるであろう世界観は、福沢諭吉に言わせれば惑溺、プラトンに言わせれば思惑、まあそのような中途半端なものになるだろう。                                         そして丸山は、日本にはそのような自ら選択した観念によって世界を秩序付けようという伝統がなかったという。丸山が「日本の思想」を書いたのが昭和32年だから、昭和32年までは世界を秩序付けようとする努力が日本には乏しかったということだろう。丸山が言うには、明治以降に日本に世界を秩序付けようとする強力なイデオロギーが西洋から来たという。ひとつはキリスト教でもうひとつはマルクス主義だ。それは間違いではないだろうけれども、キリスト教とマルクス主義なんていうものが日本のこの世界を秩序付ける本流にだよ、常識的に考えてなりえるだろうかと思って。丸山が「日本の思想」の中で言外に言おうとしていることは、日本人は戦前、その世界観を秩序付けることが出来なかったからファシズムに喰われてしまった。キリスト教やマルクス主義によって日本人それぞれがだよ、自らの世界観を秩序づけて一人前の人間になっていたのならあのような太平洋戦争は起こらなかったという、まあそのようなことがいいたいのだと思う。確かに、日本人は戦前、その世界観を秩序付けることが出来なかったからファシズムに喰われてしまった、という論理には真理を含んだものがあると思う。ただ、キリスト教やマルクス主義によって日本の世界観を秩序付けるべきだという論理はどうだろうか。日本には日本の正義があってしかるべきだと思う。                                           さらにいえば、明治維新以降の日本の歴史は自らの世界を秩序付けようとする苦闘の歴史だったと思う。自らの正義を探して流離う日々だった。太平洋戦争の大敗北というのは、日本人が自らの世界を秩序付けることの失敗の結果だったろう。しかし失敗したからといって、日本には世界を秩序付けようという伝統がない等と簡単に言ってしまうのはどうだろうか。明治維新から太平洋戦争まで80年間、失敗したとはいえ世界を秩序付けようとした歴史があるわけで、ここまで来るとこれも一つの伝統ではないだろうか。


丸山真男は1960年代以降政治学関連の著述からは撤退したそうです。

岩波文庫の丸山真男「政治の世界、他十篇」には、1947年から1960年までの丸山真男の政治論が集められています。
私がこの本を読むにあたって注意したことは、丸山真男の太平洋戦争観です。丸山真男の「日本の思想」を読んでみても、太平洋戦争の原因についてのピントがずれているのではないか、とは思いました。そしてそのずれている所を色川大吉や吉本隆明に指摘されてしまうのです。

本当に丸山真男は太平洋戦争の原因について思い至る事が出来なかったのでしょうか?

丸山真男は「政治の世界」で、
近代において政治指導者は人民のエネルギーを国に吸い上げるために、社会的価値をある程度被治者に分配した方が得策なのです。
と言っています。さらに、
被治者の政治的自覚の向上により、それだけ下からの権力への参与を求める声は熾烈になる。権力への参与を求める声に従って、指導者層が適度に権力を被治者に配分できれば、革命のリスクというものは小さくなる。指導者層が革命のリスクが大きいと判断すれば、指導者層は革命か対外戦争かの究極の選択をすることになるだろう。
とまで言っています。

普遍的な理論を語っているようで、明らかに戦前日本の政治状況のことを語っています。
丸山真男は、15年戦争の原因を知ってたんだよね。何故そこを突き詰めて語らなかったのか?

丸山真男は福沢諭吉に興味があるみたいで、福沢研究の評論を多く書いています。
私は、福沢諭吉は日本史上における屈指の天才だと思います。福沢の論法というのは、理想を感得し現実を認識し、現実を理想に近づけるためにはマキャベリズムをも辞さないというものです。福沢諭吉の言葉というのは、その時の政治状況によって変化していくのですが、それは矛盾というものではなく福沢にとっては何らかの合理的な一貫性があるのです。
同じ事が丸山真男にもいえるのではないか。丸山が戦後に書いた評論の数々は、その評論自体が真実を語っているというものではなく、時代を牽引するような役目が与えられてあるものなのではないでしょうか。

自由でありたいと思わないですか? 
ただボンヤリしていれば天才の手のひらで踊り、そして人生を終わるという事もありえます。




丸山真男座談セレクションは戦後から1993年までの丸山が参加した座談会をセレクトしたものです。


丸山真男は「日本の思想」を色川大吉に批判された事があります。色川の丸山批判をざっくり要約すると、
「何故丸山はヨーロッパエリートのいいところと、日本の大衆の悪いところを比較して、日本をこき下ろすような事を書くのか。そのような態度はフェアではない」
ということになりますか。


丸山真男座談セレクションを読むにあたり、丸山の大衆観というか常民観に注目してみました。
1960年ぐらいまでは知識人と一般大衆との間に完全にラインを引いています。
これが1965年になると、少し変化が見られます。
丸山が言うには、
イギリスは身分制度が確固としていて、大衆とエリートが分離している。大衆は個別的なことを考え、エリートは普遍的なことを考えるものであるだろうが、しかし日本はその辺があいまいだったりする。政治家や新聞社の上層部は酒を飲んで女におさわりすることが普遍だと思っている
だそうです。
1993年になると、
大衆の位置づけは非常に高い。大衆の勃興というものは基本的に肯定する。ただ町の大衆、町のおっさんに対するやりきれなさは残る
というほど大衆に譲歩しています。

時代が変化するにつれて、丸山も変化するのですね。1993年、丸山自身こう言っています。

僕なんか精神貴族主義と言っていますが、育ちからいうと中の下です

丸山真男は中の下の貴族らしいですよ。自分で言っていますから。
私は丸山が貴族主義だからダメだというつもりはありません。丸山が譲歩した後の民衆観には納得するものもあります。私の会社でもおじさんたちはパチンコで勝っただの競馬で負けただの野球がどうとか、そんな話ばかり。変人と思われても損なだけですから、一応話は合わせますが、私も「町のおっさんに対するやりきれなさは残り」ます。女やギャンブルではなく、彼らもう少し普遍的な話はできないものか。

結局色川大吉の丸山批判というのは、時代を先取りしていいところを突いていたというこのになるのではないでしょうか。



「自分探し」という言葉があります。まあただ自分の事ばかり考えていても、「自分」が理解できるわけもなく、「自分探し」とは結局自分と社会との関係ということに行き着くのです。次に「社会」とは何なのか? ということに思考は移るわけです。

ここまでは簡単な論理なのです。私も30年前、中学生の時に「自分探し」の結果、「社会」とは何なのかという場所に至りました。中学生だった私は、日本は資本主義国家だから資本主義を知れば、すなわち資本主義発祥のヨーロッパの近代を知れば、自分の周りの世界を理解する事が出来るであろう、と考えました。

1950年代の座談会で丸山真男は近代はデカルトに始まる、と言っています。それはなぜかというと、デカルトが神の世界と人間の世界に境界をつくった人物だからだというのです。
私は昔、もっと突き詰めて考えた事があって、ヨーロッパ近代の萌芽はイエスキリストにあるという仮説に至りました。
それはどうしてかというと、
聖書にはキリストの言動を直接記録した福音書というものが四つあります。その福音書の中でキリストは一見矛盾した言動をとることがあるのです。例えば、ある時は
 金持ちが天国に行くのは、ラクダが針の穴を通ることより難しい
と言います。これはこの世の事ばかり考えてはいけない、という意味でしょう。
別の時には
 祈りすぎるな
と言います。これはあの世の事ばかり考えてはいけない、と言う意味でしょう。

キリストの個々の言動というのは矛盾しているように見えますが、総合して考えてみて、結局キリストが言いたかった事は、あの世とこの世を明確に区別しろ、ということではないでしょうか。そしてこれはデカルトの言った事と同じなわけです。

私はここまで自力で到達したのですが、木田元という哲学者が西洋哲学史の中でこの続きを書いているのです。木田元は
「西洋哲学というのは、精神と物質の二元論という、日本人から見ればある種奇妙な論理に立脚している」
とズバリと言います。この論理の歴史を遡っていくと、プラトンやアリストテレスのギリシャ哲学にまで遡ります。
目の前に椅子があったとしましょう、アリストテレスはこの椅子なるものを、椅子の概念と椅子の材料に分けて考えているのです。日本人からすれば全く奇妙な考え方です。この精神と物質という奇妙な概念を古代ギリシャに導入したのはプラトンです。そしてプラトンはどこからこの概念を引っ張ってきたのかというと、ユダヤ教からだそうです。古代ユダヤ人は困難と迫害の歴史の中で、自らが生き残るために特殊な概念を練り上げたのでしょう。

そして話は初めに戻るのです。

現代日本に暮らす私は、ヨーロッパの近代を知る事によって自分の周りの世界を知る事になったでしょうか? 確かにヨーロッパの歴史には詳しくなりました。論理の訓練にもなりました。世界にはいろんな人がいたのだなということを知ることもできました。しかし、日本を知る事にはならない。「自分探し」にはあまり役に立たない旅でした。

私は、丸山真男のメインテーマは結局のところあの戦争とはなんだったのか、ということだと思うのです。丸山真男はヨーロッパの事を多く語りますが、無駄な旅ではないのでしょうか。
丸山真男ぐらい頭が切れれば、無駄な旅でも楽しくはあるでしょうが。


丸山真男がかたる福沢諭吉は本当にいい。優しくて誠実な丸山真男の言葉が、福沢諭吉にこびりついた偏見をキレイに拭い去ってくれています。

福沢諭吉の論理には二つの焦点があります。ひとつは、文明というものは漸次進歩してやがては国境すらない世界がやってくる、というもの。もうひとつは、国境すらない世界が現出するまでは日本は独立国として日本らしくあるべきだ、というものです。この二つのテーゼは厳密に言えば相反するものですが、文明はゆっくり進歩する、のこの「ゆっくり」に重点を置く事によって、「文明と日本」すなわち「普遍と個別」を両立させようということなのでしょう。

これはじつに誠実な精神的態度であると思います。目の前にとろいヤツがいて、コイツに数学を教えなくてはいけないとします。いきなり編微分から教えるでしょうか。足し算から教えるでしょう。

ひどいたとえで申し訳ないのですが。

その国の文明度というのは漸次進歩する。文明度にふさわしい社会制度を持っている国は幸せです。日本は明治維新と太平洋戦争の敗戦という二度の革命によって、現時点でまずまずの文明レベルに達しているのではないでしょうか。
中国は香港問題をどうするのでしょうね。また天安門みたいなことになるのでしょうか。いいかげん中国政府は学習しなくてはいけない。弾圧してその場はうまく行っても、やがてまた自由をもとめる声がどこからともなく湧き上がってくるのです。民衆を押さえ込むのではなく、中国政府自らが変化するしか道はない。

福沢諭吉のいう「文明と個別国家の両立」という哲学は、色あせることなく私達の眼前にあるのです。

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