村上春樹の「アフターダーク」において話の筋というものはほとんどない。ユリとマリという21歳と19歳の姉妹がいて、この妹のマリというのが主人公だろう。

マリが深夜のファミレスで本を読んでいると、姉の知り合いでありマリも面識の高橋という若い男と会う。ちょっと話す。そいつの口利き?で、その日マリはラブホテルで中国女性の通訳を手伝う。朝方、マリは、高橋とまた会って、互いの身の上話をして別れる。 その間、姉のユリはずっと寝ているという。

話の筋はこれだけ。

話の整合性とかつながりとか、そういうのはほとんどないと判断されてもしょうがないレベルだと思う。話の整合性を探ろうとしても、ちょいちょいのぞく村上春樹節が気に障ってしょうがない。

例えば、白川という男に仕事中に妻から電話がかかってきて、白川はこのように言う。  

「11時過ぎね、その時は夜食をとりにそとにでてたんだ。それからスターバックスに行ってマキアートを飲んだ。君はずっと起きてたの?」

マキアートとかいるかな?

そんなことまで妻を通じて読者に報告する必要があるかな?

もしかして20年前は、スターバックスに行ってマキアートを飲むのがオシャレだったりしたのかな?

あと、場面ごとにBGMが流れている設定になってたりする。

「天井のスピーカーからはペット.ショップ.ボーイズの古いヒットソングが小音量で流れている」

ペット.ショップ.ボーイズってなんだ? その音楽は、この小説の整合性と何か関係があるのか?
もしかしてただのオシャレ狙いなんじゃないだろな?

まあこのよなイライラを敢えて乗り越えて、「アフターダーク」の内容について考えてみたい。

主人公マリを囲む人たちはいまいち頼りない、例えば高橋という青年。
彼はこのように言う。

「お父さんはたとえ何があろうと僕を一人にするべきじゃなかったんだ」

高橋君は、父親が姿かたちはそのままでも別の誰かにすり替わっているような気がする、という。これは統合失調症における症状の1つだね。

マリを囲む人のもうひとり、ラブホテルでバイトをするコオロギという女性。
コオロギは何かから逃げていて、日本中のラブホテルのバイトを転々としている。ラブホのバイトは面が割れにくいらしいよ。コオロギは、体に何箇所か、追ってくる者からの刻印みたいなものをされているらしい。

コオロギは強度の神経症でしょう。

マリを囲む人のさらにもうひとり。マリの姉のユリ。
彼女は寝てるんだよね。まあ、寝てるというか、何らかの力によって、精神が狭い部屋に閉じ込められているらしい。彼女は子供のころから周りから可愛いと言われ、自分も可愛いを演じ続けることで、自分を失ってしまったんだろう。

この3人はえらそうなことを言っていても、現代社会の成人として平均に達していない。この世界では、自分が自分であること、自己同一性が前提とされている。この3人は、その前提を満たしていない。

これに対してマリは違う。ちょっとずつ努力することが出来る。自分の世界をちょっとずつ造ることができる。 話としては、マリは他の3人よりは強いとは言っても、平均人であって、弱い3人を引っ張りあげるということは出来ない。

評論するとしてもこれぐらいだな。あと出来るだろうことは、「アフターダーク」を他の村上作品の中にどのように位置づけるかということぐらいだろう。

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