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村上春樹はドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」をオマージュしているらしい。

村上春樹訳「グレート・ギャツビー」のあとがきで村上春樹は、

もしこれまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろと言われたら、考えるまでなく答えは決まっている。この」「グレート・ギャツビー」と、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」と、レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」である。

と語っている。

「グレート・ギャツビー」とレイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」は分かるけど、「カラマーゾフの兄弟」は村上春樹の小説世界からはかなり遠いと思うけれど。


繝弱Ν繧ヲ繧ァ繝シ, 豬キ蟯ク邱�, 螻ア, 蜀ャ縺ョ髮ェ, 譖・j遨コ, 繝輔ぅ繝ィ繝ォ繝�, 豬キ


村上春樹はよくメタファーと言う。メタファーだけだと隠喩という意味だけれど、メタファーのメタファーとか、世界はメタファーだ、とまで言ったとしたら、もうそれは夢の世界でしょう。根拠の言葉のない隠喩だけの世界があるとしたら、それは夢でしょう。

それに対してカラマーゾフの世界は本当にリアルだ。
例えば、「カラマーゾフの兄弟」のエピローグで、アリョーシャが子供たちの前で行った演説をあげてみよう。

「子供のころのなにかすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つないのです。たった一つのすばらしい思い出しか心に残らなかったにしても、それがいつか僕たちの救いに役立ちうるのです。もしかすると、まさにそのひとつの思い出が大きな悪から彼をひきとめてくれ、彼は思い直して、
そうだ、僕はあのころ、善良で、大胆で、正直だった
と言うかもしれません。内心ひそかに苦笑するとしてもそれはかまわない。みなさん、保証してもいいけれど、その人は苦笑したとたん、すぐ心の中でこう言うはずです。
いや、苦笑なぞして、いけないことをした。なぜって、こういうものを笑ってはいけないからだ、と」

メタファーのかけらもないと思う。

ただ、村上春樹と「カラマーゾフの兄弟」の共通点として、アンチ近代というのはあるかもしれない。
近代という時代は夢と現実を峻別する世界だし、巨大な整合性の中に個というものを回収する社会だ。

夢と現実を峻別する世界というのはどういうことかというと、夢と現実を区別できないようなヤツは病院送りみたいな感じ。今の世界のことだ。フーコーによると、精神病院と精神病患者というのは同時に発生したという。
村上春樹は、夢と現実を峻別する現代社会に反抗してメタファー世界と言っているのだろう。

巨大な整合性の中に個というものを回収する社会というのはどういう意味かというと、巨大な知識体系が存在する社会では、個人はその知識体系に寄り掛かって生きるほかないという社会。まさに現代だろう。
左翼リベラルの人たちは反論をするときに、「まず何々という本を読んでから語りなさい」みたいな言い方をよくする。これは巨大な知識体系に寄り掛かって生きるほかない人間の叫びだろう。
このような近代世界に対して、ドストエフスキーは個々人がそれぞれに独立して語り合う世界というものを取り戻そうとした。

村上春樹と「カラマーゾフの兄弟」はアンチ近代という点では一致しているかもしれないが、その後の目指す方向性というのは180度異なっているだろう。


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大江健三郎は自らの短編を、その古い順番で読んでいくと、戦後日本の精神史になっていると言っているので、おすすめ短編を古い順番に紹介していきます。

目次
1 奇妙な仕事 1957年5月
2 セブンティーン 1961年
3 空の怪物アグイー 1972年
4 レイン.ツリーを聴く女たち 1982年
5 連作 静かな生活 1990年
6 新しい人よ眼ざめよ 1983年
7 河馬に噛まれる 1985年
8 火をめぐらす鳥 1992年




1




「奇妙な仕事」


話自体は大学病院の不要になった実験動物の犬を150匹殺す話で、登場人物は4人。  
犬の殺し方にこだわりを持つ、30歳ぐらいの犬殺しのプロ。後3人はお手伝いのバイト。犬殺しに根本的な疑問を持つ院生の男と、クールで芯の強い若い男と女。  

構造が村上春樹の「ノルウェーの森」そのままだと思った。どういう構造かというと、まじめで弱い人間を踏み台にしながら、こだわりを持つ男に支えられて、クールな男と女はいい感じで盛り上がるということ。  

話の構造も似ているのだけれど、「奇妙な仕事」の主人公の男の話しぶりが、「ノルウェーの森」の主人公とかぶるような。 「奇妙な仕事」の主人公と女子学生との会話での主人公パートを抜粋してみる。  

「たいへんだな、と目をそむけて僕はいった」 
「火山を見に? と僕は気のない返事をした」 
「君はあまり笑わないね、と僕はいった」  

同じ構造、同じテンションで、同じようなことを言われると、そこには否定しがたい同一性が認められると思う。大江健三郎と村上春樹の同一性、これはもちろん村上春樹がオマージュしたのだろうと思うのだけれど、そのあたりのことを調べたらちょっと面白いかも、とは思う。


「セブンティーン」


17歳の弱い青年が、右翼に入って強くなるという話
「セブンティーン」の主人公の青年は、自己同一性が怪しい。  

「この世界の何もかもが疑わしく、充分には理解できず、 なにひとつ自分の手につかめるという気がしない」

と感じている。   
17歳の少年はどうすればいいのだろうか? クールで無関心な青年になるのはお断りだ。   
17歳の少年の父親というのは学校教師で、頼りにならないインテリとして描かれている。家族はあてにならない。国家としての日本は、太平洋戦争でのあの大敗北だ。  
どうするか、17歳の少年はどうやって救われるのか?   

この少年が皇国思想によって救われたからといって、いったい誰が批判できるだろうか。   
この少年が、社会党の浅沼委員長暗殺事件の犯人のモデルだとして、それは「セブンティーン」が直ちに右翼批判小説であるということにはならない。


「空の怪物アグイー」


主人公の知り合いの男が狂人なんだよね。ショックな事件があって、それ以来彼には、カンガルーのような巨大な赤ん坊のような何者かが、自らの傍らに突然舞い降りるようになったという。彼はその何者かをアグイーと名づけた。  
主人公もその影響を受けて、突然舞い降りる何者かが見えるようになったという。   

狂気の話なんだよね。  

居場所を失った若き魂はどうすれば救われるのか、というのが、大江健三郎のテーマだったと思う。そのような意味で、「セブンティーン」では、皇国思想を取り上げた。「空の怪物アグイー」では、狂気によって救われる若者を描いたのだろう。   

しかし、狂気によって救われるということは、近代社会においては難しい。  
近代においての狂人の地位というのは、過去と比べてえらく低い。明治の中ごろまでは、狂人は村の中をふらふらすることが認められていて、村人から愛される馬鹿みたいな扱いだった。

現代ではどうだろうか? 狂人は、精神病院に収容されるか、個人の家に隔離されるか、あれではほとんど人間扱いとはいえないだろう。  

狂気によって救われるということは、近代においては狭き門になった。  

狂気によって救われることは難しい。空の怪物をアグイーと名づけた青年も救われなかった。   
純真な青年が救われるためにはどうすればいいのかっていうことになる。


「レイン.ツリーを聴く女たち」


レインツリーとは、ハワイの精神病院の庭に立つ巨大な木の名称
主人公の大学時代の同級生に高安カッチャンという人物がいて、これがいきがって大学を辞めてアメリカにわたって全く成功しなかったという、救われないオヤジなんだよね。この救われないオヤジ高安カッチャンが、いかにして救われるかというのが、この小説のテーマだ。

高安カッチャンは自分が救われるために奇妙な論理を実践する。大学の同級生で成功したやつと女性を共有すれば自分も救われるみたいな。なくはない論理だと思うけれど、いきなりそんなこと言われても、というのはある。

若い人も救われにくかったけれども、オヤジの場合は絶望的に救われない感じたね。救われないオヤジのそばにそびえるレイン.ツリーというわけ。


「新しい人よ眼ざめよ」



学校の合宿に出かけるとき、知的障害のある大江光さんは、父大江健三郎にこのように言う。  

「しかし僕がいない間、パパは大丈夫でしょうか? パパはこのピンチをよく切りぬけるでしょうか?」  

救うものと救われるものとの逆転。  
知的障害の息子が、戦後日本を代表する作家の父親の魂を救うという。けっして奇跡ではなく、大江健三郎が誠実に子供の声に耳を傾けた結果ではある。   
「新しい人よ眼ざめよ」のなかでは、大江光さんとの会話以外にも、いろんなことが並立的に書いてある。ブレイクの詩がどうだとか、二十歳のころ付き合っていた女性と20何年か後に再開しただとか、キリストの救いだとか、最後の審判についてだとか。  

まあそのような逸話は、たいした意味はないだろう。いうなれば、大江光さんの言葉の引き立て役ということだ。


「河馬に噛まれる」


日本赤軍のリンチ殺人事件での高校生メンバーで便所掃除係りだった少年が、十何年後かに大江健三郎とちょっと文通をして、その後アフリカで暮らしているっていう話だった。

かつて少年だったコイツが、アフリカでカバに噛まれるんだよね。そして現地で「河馬の勇士」という称号をちょうだいしたらしい。だからといって、別に何か冒険が始まるというわけでもなく、彼はアフリカで車の整備なんかをしながら生計を立てるようになる。ぱっとしない人生といえばその通り。唯一つの勲章は、カバに噛まれたということだけ。

大江健三郎の知り合いの女の子が、「河馬の勇士」に会いに行って、大江健三郎の悪口を言う。それに対して「河馬の勇士」はこのように答える。

「大江は大江で自分のカバにかまれているのじゃないか?」

大江健三郎にとってのカバとは何か、というのははっきりとは書かれていないのだけれど、イーヨーのことだと思う。たいした人生ではないけれど、自分の勲章はイーヨーに噛まれたことだというわけだろう。


「連作 静かな生活」


構造的には、「連作 新しい人よ眼ざめよ」と同じ。語り手が、大江健三郎から、大江健三郎の娘に代わっているだけ。知的障害者である長男イーヨーに家族が救われるというパターンに変わりはない。

大江健三郎とイーヨーとは、ちょっとかみ合わないところがあって、その辺のところを長女や次男にフォローしてもらっていた場面がいままで何度かあった。  
今度は長女が語り手で、父親のデリカシーのないところをチクリとやるところなんて、うまいよなーって思った。

長女と次男、長女とイーヨーの音楽の先生との間で、ロシアの「案内者」という映画について、結構長々と喋っていたりする。しかし、このような芸術論はたいして意味はない。そもそも、イーヨーの音楽の先生は、この映画を観ていないのだから。 キリストがどうとか、アンチクリストがどうとか、凡人がぐだぐだ言っているレベルだろう。

いいところは、最後にイーヨーが全部持っていくというやつだね。
それで何の問題もないよ。

私は、大江健三郎を実際に読む前は、彼をとぼけた左翼作家だと思っていた。しかしこのおとぼけけ振りというのは、イーヨーを持ち上げるための演技の可能性が高い。イーヨーを持ち上げることで、他の知的障害者もまとめて持ち上げようということだろう。

はっきり言って、現代社会の知的障害者にたいする扱いはひどい。多くの人が、こんな人間なら生まれてこなかったほうが幸せだったろう、と心の中では思っているだろう。そんな弱い心を、あえてひっくり返そうとするのだから、すごいよ。

大江健三郎を気に入らない人がいるとして、彼が大江健三郎を批判すれば批判するだけ、大江健三郎はぐだぐたになって、そのぶんイーヨーが持ち上がるという、そういうシステムになっている。


「火をめぐらす鳥」


大江健三郎は、知的障害者の子供が生まれて、この子供を救おうと決心したのだろう。しかし、人を救うとは何か? 人を救うなんていうことはできるのか? 自分でさえ救われていないのに?  

子供とかかわるうちに、いつしか論理は逆転する。

養護学校の泊りがけの合宿に行こうとする息子を心配して、父親は語りかける。

「イーヨー、大丈夫か、一人で行けるか?」

子供は答える。

「お父さんは大丈夫でしょうか? 私がいなくても大丈夫でしょうか?」

救うものが救われて、救われるものが救う、そういうことってありえると思う。

「火をめぐらす鳥」のなかで、「私」は障害者の息子と、死後のそれぞれの魂が、より大きい魂の集合体みたいなものに共に合流することを夢見る。しかし本当のところは、「私」は独力で魂の集合体に合流することは無理だろう、そして息子にそこまで一緒にだよ、自分を導いて欲しいと思っているのだろう。

「火をめぐらす鳥」の最後で、「私」と息子は駅のホームで一緒に倒れて、二人して起き上がれなくなってしまう。「私」は息子に話しかける。

「イーヨー、イーヨー、困ったよ。一体なんだろうねえ?」

息子は答える。

「ウグイス、ですよ」

論理は完全に逆転しただろう。救うものが救われて、救われるものが救う。



大江健三郎の8短編を発表順に紹介してみました。


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福沢諭吉の評価が揺れている。

福沢諭吉は、戦後リベラルの盟主だった丸山眞男に評価されて、戦後においては啓蒙主義のシンボルだった。

確かに福沢は幕末にいち早く西洋文明を学び、明治維新後の西洋紹介において絶大な力を発揮した。「学問ノススメ」は当時100万部発行されたといわれ、西郷隆盛も読んで仲間に進めて回ったという。

福沢は古い日本的因習を憎み、風通しのいい文明化された日本を目指し、圧倒的な言語能力で日本民衆の近代化を後押ししたという事実は疑いえない。

しかしもう一つの福沢観というものがある。
福沢諭吉は、日清戦争で日本が勝ったことを大喜びし、脱亜論を書き、日本は中国や朝鮮などのアジア文化圏から抜け出し、西洋文明の戦列に加わるべきだとも主張した。
この主張がネット右翼の好餌となって、反韓反中の根拠になっている。

この状況をはっきりと言い切ってしまえば、醜い思想の亡者たちが、最後の力を振り絞って光り輝く福沢というシンボルを奪い合っている、ということになるだろう。

福沢の真の価値というのは、時代の変化の中から現れた言説の力であって、自分のポジションを守ろうなどという者たちには、福沢という存在は手に余るだろう。

福沢の論理の根拠は、有り余る力をどのように正しく使うべきか、というところにあり、力を失い自分のポジションに閉じこもろうとする者には、福沢を語る意味はない。

現代における革新リベラルの保守性というのは異常だ。年配者ほど左翼リベラル支持という考えられない現象が生じている。

日本に必要なのは、左翼リベラル的な取り澄ました気取りでもなく、ネット右翼的な引きこもりの陰謀論でもなく、まさに福沢的ざっくばらんな元気だろう。


以下に脱亜論の全文を掲げる

 世界交通の道、便にして、西洋文明の風、東に漸し、到る處、草も木も此風に靡かざるはなし。蓋し西洋の人物、古今に大に異るに非ずと雖ども、其擧動の古に遲鈍にして今に活潑なるは、唯交通の利器を利用して勢に乘ずるが故のみ。故に方今東洋に國するものゝ爲に謀るに、此文明東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども、苟も世界中の現狀を視察して事實に不可なるを知らん者は、世と推し移りて共に文明の海に浮沈し、共に文明の波を揚げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり。文明は猶麻疹の流行の如し。目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して、春暖と共に次第に蔓延する者の如し。此時に當り此流行病の害を惡て此を防がんとするも、果して其手段ある可きや。我輩斷じて其術なきを證す。有害一偏の流行病にても尙且其勢には激す可らず。況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや。啻に之を防がざるのみならず、力めて其蔓延を助け、國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し。西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として、國民漸く其採る可きを知り、漸次に活潑の氣風を催ふしたれども、進步の道に橫はるに古風老大の政府なるものありて、之を如何ともす可らず。政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず。如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして、舊套を脫すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり。然ば則ち文明を防て其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず。如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり。是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き、又幸に帝室の神聖尊嚴に依賴して、斷じて舊政府を倒して新政府を立て、國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脫したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、主義とする所は唯脫亞の二字に在るのみ。
 我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脫して西洋の文明に移りたり。然るに爰に不幸なるは近隣に國あり、一を支那と云ひ、一を朝鮮と云ふ。此二國の人民も古來亞細亞流の政敎風俗に養はるゝこと、我日本國民に異ならずと雖ども、其人種の由來を殊にするか、但しは同樣の政敎風俗中に居ながらも遺傳敎育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國相對し、支と韓と相似るの狀は支韓の日に於けるよりも近くして、此二國の者共は一身に就き又一國に關して改進の道を知らず、交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども、耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして、其古風舊慣に戀々するの情は百千年の古に異ならず、此文明日新の活劇場に敎育の事を論ずれば儒敎主義と云ひ、學校の敎旨は仁義禮智と稱し、一より十に至るまで外見の虛飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道德さへ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、尙傲然として自省の念なき者の如し。我輩を以て此二國を視れば、今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず。幸にして其國中に志士の出現して、先づ國事開進の手始めとして、大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て、先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども、若しも然らざるに於ては、今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室內に閉居し、空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり。輔車唇齒とは隣國相助くるの喩なれども、今の支那朝鮮は我日本國のために一毫の援助と爲らざるのみならず、西洋文明人の眼を以てすれば、三國の地利相接するが爲に、時に或は之を同一視し、支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず。例へば支那朝鮮の政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば、西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば、西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、支那人が卑屈にして恥を知らざれば、日本人の義俠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの慘酷なるあれば、日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き、是等の事例を計れば枚擧に遑あらず。之を喩へば比隣軒を竝べたる一村一町內の者共が、愚にして無法にして然かも殘忍無情なるときは、稀に其町村內の一家人が正當の人事に注意するも、他の醜に掩はれて堙沒するものに異ならず。其影響の事實に現はれて、間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず、我日本國の一大不幸と云ふ可し。左れば今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろ其伍を脫して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡名を免かる可らず。我れは心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。


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夏目漱石とか島崎藤村とか、大作家とか言われていますが、実際に読んでたちどころに面白いとかいうものでもないです。

では日本近代文学に面白いものはないのかというと、そういうわけでもないです。私もすべての日本近代文学をカバーしているわけではないのですが、私の40年の読書人生の中で、

「これは!」

というやつを8作品紹介したいと思います。

江戸川乱歩とか山田風太郎とかの娯楽作品は除いて、「文学」のはんちゅうにはいるであろう作品から選びました。

目次
1 福沢諭吉 「福翁自伝
2 太宰治 「トカトントン
3 坂口安吾 「古都
4 宮本常一 「土佐源氏
5 大江健三郎「火をめぐらす鳥
6 安倍公房 「砂の女
7 森鴎外 「山椒大夫
8 梶井基次郎 「檸檬






1 福沢諭吉 「福翁自伝

福翁自伝は、福沢が晩年に自分の半生を口述筆記させたものです。口述筆記ですから口語体で書かれていてすごく読みやすいです。内容も面白いです。
福澤諭吉というのは現代では一万円札の肖像にもなっているので、小難しいことを喋っているのではないかと思われるかもしれませんが、全くそんなことはないです。

例えば、福沢は大分県中津市育ちなのですが、子供のころ、福沢は神社のご神体はなんだろうかと思って社を開けてみた。石が入っていたから「なんだこんな石」とこれをうっちゃって、その辺の石を拾って入れておいたそうです。

まもなく祭りになって福沢は


「馬鹿め、おれの入れておいた石にお神酒を上げて拝んでいるとは面白い」

と、ひとり嬉しがっていたと書かれています。
まったく、とんでもない悪ガキですよね。


2 太宰治 「トカトントン

太宰の名品。
終戦時の玉音放送という最高に厳粛な場面で、主人公の青年は「トカトントン」いう金槌の音を聞いたら、急にテンションが転換して何もかも馬鹿馬鹿しくなってしまい、あとはその繰り返しという話です。

ホントにうまく書かれている短編なのです。10分ぐらいで読めます。
青空文庫にありました。


3 坂口安吾 「古都

安吾の戦中の自伝小説。
安吾が戦前に京都に下宿していた時の素朴な人たちの人間模様みたいな話。素朴な人というとなんだかいいように聞こえるのですが、欲望と思い込みを抱えて、社会の底辺に張り付いているような人たち。

こういうことを言うと何なのですが、戦中版「浦安鉄筋家族」みたいな感じでしょうか。

「古都」の最後にこのようにあります。  

「ほんまに、そうや。と、親爺は酒を飲む僕を見上げて、ヒヒヒヒと笑った。それは神々しいくらい無邪気であった」  

これも青空文庫で読めます。


4 宮本常一 「土佐源氏

宮本常一「忘れられた日本人」という本の中に、昭和初期に土佐の山奥に住む乞食の老人にインタビューしたものがあります。その表題が「土佐源氏」です。


「忘れられた日本人」という本は、民俗学的聞き取り調査集みたいなものなのですが、この「土佐源氏」は聞き取り調査というレベルをはるかに超えて、完全に「文学」に昇華しています。

老人は自分の女性遍歴を語るのです。老人の語り口はこんな感じです。

その嫁さんがええひとじゃった。眉の濃い、黒い目の大けえ、鼻筋の通った、気のやわらかな人でのお。

それでも相手は身分のある人じゃし、わしなんどにゆるす人ではないと思うとったが、つい手がふれたときに、わしが手をにぎったらふりはなしもしなかった。

秋じゃったのう。

文庫本で30ページ、こんな感じでつづきます。正直、たまらないものがあります。


5 大江健三郎「火をめぐらす鳥

ノーベル賞作家の底力を感じさせる短編です。

大江健三郎は、知的障害者の子供が生まれて、この子供を救おうと決心したのだろう。しかし、人を救うとは何か? 人を救うなんていうことはできるのか? 自分でさえ救われていないのに?  

子供とかかわるうちに、いつしか論理は逆転する。  

養護学校の泊りがけの合宿に行こうとする息子を心配して、父親は語りかける。 

「イーヨー、大丈夫か、一人で行けるか? 」  

子供は答える。 

「お父さんは大丈夫でしょうか? 私がいなくても大丈夫でしょうか?」  

救うものが救われて、救われるものが救う、そういうことってありえると思う。  

「火をめぐらす鳥」のなかで、「私」は障害者の息子と、死後のそれぞれの魂が、より大きい魂の集合体みたいなものに共に合流することを夢見る。しかし本当のところは、「私」は独力で魂の集合体に合流することは無理だろう、そして息子にそこまで一緒にだよ、自分を導いて欲しいと思っているのだろう。   

「火をめぐらす鳥」の最後で、「私」と息子は駅のホームで一緒に倒れて、二人して起き上がれなくなってしまう。「私」は息子に話しかける。 

「イーヨー、イーヨー、困ったよ。一体なんだろうねえ?」  

息子は答える。 

「ウグイス、ですよ」  

論理は完全に逆転しただろう。 救うものが救われて、救われるものが救う。  
渾身の文学だと思う。


6 安倍公房 「砂の女


「砂の女」のあらすじというのは、
砂丘近くの村で主人公の男が村人に拉致されるのです。そして砂丘と村の境目にある竪穴に監禁されて、砂を掻き出す仕事を強制されるのです。誰でもそんな奴隷みたいなことはいやですよね。ところが、まあそこで生活しろということでしょう、女を一人あてがわれるのです。それが砂の女。奴隷的境遇の男は、だんだんと狭い空間での女との生活に満足するようになるのです。で、最後は逃げられるチャンスがあったのに逃げなかったという話。

今から考えると、私は中学のころまで人間恐怖症みたいな感じで友達も少なく、女の子なんかとはほとんど喋れないような感じでした。今の言葉で言えばアスペですね。他人が何を考えているのか分からなくて、人との距離感がつかめないのです。とくに突然の悪意などに弱かったです。その後、陰性アスペは克服しました。他人はたいしたことを考えていいるわけではないということを悟りまして。相手の態度で機械的に自分の態度を決めることにしました。相手が高圧的だと自分も高圧的に、相手が謙虚だと自分も謙虚に。どうせ他人はたいしたことを考えてないのですから、この程度で十分なのです。でも気をつけてください。これをやるとチンピラみたいなやつとは睨み合いになります。でもどうせ相手の心は空っぽなのですから、何も怖くはないですが。

砂の女を読んで、女の子と喋った事もなかった私は、好きな女と狭い空間で寄添って生きるということに憧れました。
大学に入って私には彼女が出来たのです。私が行ったのは国立の上位校でしたし、体育会でバレーボールをやっていました。アスペと知らず近寄ってくる女性もないわけではないのです。こういうのは大事にしないといけない。基本的に女の子にはもてる気がしない上に、「砂の女」に憧れているわけですから。

で、そのまま出来ちゃった結婚です。

20年経って妻に言われるのは、
「アンタには騙された」
ということです。
でもこれ私には私の都合があったのと同様に、妻には妻の都合があったのではないでしょうか。妻の都合がどんなものであったかは知らないですよ。知りたくもないし知る必要もないです。
私、子供がすきなのです。砂の女と妻には感謝しています。
特に砂の女に。


7 森鴎外 「山椒大夫


森鴎外の作風は、時代小説を書き始める以前と以後とでは異なっているという。鴎外は小説世界にまとまりをつけるのが嫌になって時代小説を書きはじめたという。
「山椒大夫」の中にこのようにある。

子供らの母は最初に宿を借ることを許してから、主人の大夫の言うことを聴かなくてはならぬような勢いになった。掟を破ってまで宿を貸してくれたのを、ありがたくは思っても、何事によらず言うがままになるほど、大夫を信じてはいない。こういう勢いになったのは、大夫の詞に人を押しつける強みがあって、母親はそれに抗(あらが)うことが出来ぬからである。その抗うことの出来ぬのは、どこか恐ろしいところがあるからである。しかし母親は自分が大夫を恐れているとは思っていない。自分の心がはっきりわかっていない」

この母には主体性というものがない。相手に強く出られると、「主人の大夫の言うことを聴かなくてはならぬような勢い」になってしまう。「山椒大夫」という小説は、勧善懲悪とかピカレスクとかさらに言えば無常観とか、そのようなものとは全く無縁に、ただこの母のような登場人物達がその運命の中で喜んだり悲しんだりしているだけだ。


これって夢の構造と同じだろう。

「山椒大夫」をヒントに夢の構造について考えてみる。
そういえば夢の中では、抽象的な価値観の序列ってないよね。好きとか嫌いとかはあるけれど、善とか悪とかはない。抽象的な価値の序列というものはなく、ただ好きなもの嫌いなもののリアルな実体のみの世界だという。
だから、その世界において強力な実体があらわれると、もう拒否することが出来ないんだよね。普通は抽象的な価値の序列みたいなものが心を防御していると思うのだけれど、夢の世界においては、その防御がないから、実体が直接心を占拠して確信になってしまう。

志賀直哉の奇妙な小説も同じように説明できる。「暗夜行路」の主人公は気分に支配されている。時任謙作は小説のはじめは不快な気分の状態だったのだけれど、終わりのころになると調和的な気分になってくる。気分の変化に理由とかはない。時任謙作は、ふと自分の父親は本当の父親ではないと思う。するととたんに祖父こそが本当の父親であると確信する。
夢の構造と同じだろう。

「山椒大夫」には近世と近代をつなぐような微妙な感覚が描きこまれています。


8 梶井基次郎 「檸檬

「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終押さえつけていた」

梶井基次郎の「檸檬」は始まる。
私の心を押さえつけている得体の知れない不吉な塊とは何なのか、とつい探求したくなるのだけれど、梶井基次郎はこのような思考パターンを軽やかに拒否する。

「肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金がいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ」

強いなって思う。

散歩コースに八百屋があってレモンを一つ買う。レモンの爽やかな香りを胸に吸い込む。胸を膨らませるレモンの香りと、胸を押さえつける不吉な塊。自分の胸をめぐるレモンと不吉な塊との相克。

レモン強し。今日は気分がいい。京都の丸善に突撃しようかという。

そういえば私も大学時代は名古屋の栄の丸善によく行った。30年前の丸善というのは人を選ぶような大型書店で、選ばれたような気持ちになっていた私は4階の洋書コーナーでドイツ語の書籍をあさっていた。カフカとかギュンターグラスとかの原書。もちろんそんなものが読めるわけない。かっこつけて何冊も買ったのはいいのだけれど、結局カフカの「城」だけを辞書を引きながら新潮文庫の「城」と読み比べただけだった。

梶井基次郎は丸善に入って画本の棚の前に行く。

そうそう、丸善にはこんなのをいったい誰が買うの? という本が並んでいたりした。今でも覚えているのは、ヤコブス・デ・ウォラギネのキリスト教の聖者・殉教者たちの列伝である『黄金伝説』という本。分厚いハードカバー本で全5巻だった気がする。ちょっとパラパラめくってみた。犬好きの牧師というのがいて、犬に善行を施しまくった結果神の思し召しによって、この牧師は死後ただちに犬の天国に駆け上っていったという記述があった。
何もかもが謎だよね。

梶井基次郎は丸善に突撃したのはいいのだけれど、丸善の雰囲気にのまれて、また不吉な塊が胸を圧迫し始める。

「私は一冊ずつ抜き出しては見る。そして開けては見るのだが、克明にはぐっていく気持ちはさらに湧いてこない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る」

だんだん本が積みあがってくる。30年前、私は引き出した本は元に戻しはしたけれど、梶井基次郎の気持ちは分かる。

そしてラスト。そういえばポケットには黄色いレモンがあったんだ。積み上げてしまった本の上にレモンをそっと置く。

「見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の諧調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた」

カーンと冴えかえるという。
カーンだよ。

レモンをのこして丸善を立ち去り話は終わるのだけれど、とにかくえたいの知れない不吉な塊にたいする気持ちのかぶせ方がすがすがしい。なかなかこうはいかないよ。



今回はこんなところでしょうか。最後までお読みいただきありがとうございました。











坂口安吾は太宰治と同じく戦前戦後を通して活躍しましたが、戦前と戦後で精神の水位が、太宰よりもさらに変わらない作家です。このへんが安吾らしいと思います。

「堕落論」とか「続堕落論」はありきたりなので外して、さらに評論を中心に紹介します。

目次

【暗い青春】
【文学のふるさと】
【デカダン文学論】
【日本文化私観】
【死と影】
【不連続殺人事件】

【堕落論】
【続堕落論】




【暗い青春】

坂口安吾、昭和22年の評論。

安吾には長島萃(ながしま あつむ)という友人がいた。戦前の衆議院議員、長島隆二の子息であった。彼は若くして脳炎で死んだのだけれども、この長島萃をめぐる安吾の文章には一種異様な迫力がある。
こんな感じ、

「彼の死床へ見舞つたとき、そこは精神病院の一室であつたが、彼は家族に退席させ、私だけを枕頭によんで、私に死んでくれ、と言つた。私が生きてゐては死にきれない、と言ふのだ。お前は自殺はできないだらう。俺が死ぬと、必ず、よぶから。必ず、よぶ。彼の狂つた眼に殺気がこもつてギラギラした。すさまじい気魄であつた。彼の精神は噴火してゐた。灼熱の熔岩が私にせまつてくるのではないかと思はれたほどである。どうだ。怖しくなつたらう。お前は怖しいのだ、と彼は必死の叫びをつゞけた。 
彼はなぜ、そこまで言つてしまつたのだらう? そこまで、言ふべきではなかつた」

最後の言葉は語るべきではない、というのはあると思う。
現代のような世界に暮らしていると、どうやら自分の言葉の意味が相手に届いてないらしいということがあり得る。だからと言って最後の言葉を絶叫していいというものでもない。

よく新聞とかで、駅なんかで女性のスカートの中を盗撮して捕まったヤツの動機の告白で、
「スカートの中が見たかったから」
のようなことが書かれていたりするけれど、これって本当に最後の言葉だよなって思う。女の子のスカートの中を見たければ、いくらでも合法的な手段があるだろう。様々な可能性を排除して、ただ原因と結果のみの言葉、
「スカートの中が見たかったから」

怖ろしい。最後の言葉を要求する世界が怖ろしい。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中で、ドミートリーの裁判の中で彼の恋人であるカテリーナがこのように告白する場面がある。

「あたしと結婚する気になったのだって、あたくしが遺産を相続したからに過ぎません。そうじゃないかとかねがね思っていました。ああ、このひとはけだものです。あたくしがあのとき訪ねていったことを恥じて、一生この人にびくびくし続けるだろう、だから自分はそのことで永久にあたくしを軽蔑し、優越感を抱いていられると、いつも思っていたのです」

カテリーナもドミートリーを愛していると感じた瞬間だってあっただろうし、もちろん憎んだ瞬間もあっただろう。カテリーナの存在というのはゆれていたのだけれども、「断言」することによって存在が固定されてしまう。

断言を要求する世界って怖ろしいと思う。そういう場所に追い込まれないよう注意しなくてはいけない。

【文学のふるさと】

「文学のふるさと」は坂口安吾、昭和16年の評論。

坂口安吾はこのように言う。

私達はいきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じで戸惑いし

ながら、ただ
しかし、思わず目を打たれて、プツンとちょん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない「ふるさと」を見ないでしょうか。

すなわち安吾のいう「ふるさと」というのは、
「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川」
みたいなノスタルジックな思い出の場所のようなものではない。

安吾は芥川龍之介の甥である葛巻という人物と親しくしていて、芥川の晩年の手記を見ることができた。その手記に、農民作家なる人が芥川の家を訪ねてきて、生まれた子供を殺して一斗缶に詰めて埋めたという話をする、というものがある。
農民作家に、
「あんた、これをひどいと思うかね。口減らしのために殺すというのを、あんたひどいとおもうかね」
と言われて芥川は言葉に詰まったという。

さて、農民作家はこの動かしがたい「事実」を残して、芥川の書斎から立去った

のですが、
この客が立去ると、彼は突然突き放されたような気がしました。たった一人、置き残されてしまったような気がしたのです。

この突き放すところのものを、安吾は「ふるさと」と言っている。

自分なりにいろいろ考えてみる。

「インターステラ」という映画がある。主人公たちは滅びゆく地球の代わりを探そうと別宇宙の惑星を巡るのだけれど、まー、ろくでもない惑星ばかりなんだよね。しかし他惑星の住環境が酷いのは惑星の責任ではなく人類の都合であって、これは全くどうしようもない。同情も正義も文学もない宇宙で主人公たちは悪戦苦闘する。別の宇宙空間で自分たちは世界から突き放されるのではないかという予感が満ちる中、実際何度かドーンって突き放される繰り返し。

結局「インターステラ」の面白さというのは、人類が宇宙(世界)に突き放されるところの「突き放され具合」にあると思う。
この突き放すところのものが、安吾のいう「ふるさと」ということになるのではないか。

中国思想にも同じ「ふるさと」観がある。荘子の中に、

会えば離れ、成すれば壊れ、角は砕け、貴は辱められ、愚は堕ちる。知を積み重ねても、それは悲しい。弟子よ、これを記せ。ただ道徳の郷があるだけだと

とある。

なぜ安吾がこのような「ふるさと」思想に至ったのかというと、太平洋戦争切迫の結果だと思う。あの戦争は日本にとって中国とアメリカとの両面戦争だった。正直、中国とアメリカ相手に両方同時に戦争するなんてあり得ないでしょう。ナチスドイツだってフランスを制圧して、返す刀でソ連に侵攻した。日本なんかよりはるかに合理的だった。日本は世界に突き放されて、その結果として見えたものが「ふるさと」なのではないか。残酷な「ふるさと」なんて見ずに死ねればそれに越したことはないのだろうが、見てしまったものはしょうがない。

安吾の後の「堕落論」などは「ふるさと」思想の延長戦上にある。生きよ堕ちよ、だから。

【デカダン文学論】

「デカダン文学論」の中で島崎藤村に対するディスり方が強烈。

島崎藤村は近代日本文学を代表する大作家だと思う。藤村の何がすごいかというと、近代文学のメインフレームである三人称客観形式というものを「破戒」の時点でほぼ完全にマスターしている点だ。「破戒」の発表は明治39年。

外部の視点で登場人物たちの内面を描きながら物語をまとめるという近代小説的作業というのは難しいのだけれど、藤村はこれを苦も無くこなしている。
夏目漱石だってなかなか藤村のようにはいかなかった。例えば「こころ」は一人称主観形式だし、「吾輩は猫である」は一人称猫観だ。

だから藤村の小説のすごさというのは、その内容にあるのではなく形式にある。
評論家の平野謙が藤村の「新生」を評論したものに、安吾はこう咬みつく。

『「新生」の中で主人公が自分の手をためつすかしつ眺めて、この手だな、とか思い入れよろしくわが身の罪の深さを思うところが人生の深処にふれているとか、鬼気せまるものがあるとか、平野君、フザけたもうな。人生の深処がそんなアンドンの灯の翳みたいなボヤけたところにころがっていて、たまるものか。そんなところは藤村の人を甘く見たゴマ化し技法で、一番よくないところだ。』

これは平野謙が悪い。藤村の小説の内容を誉めてしまったのではきつい。
安吾はさらにこのように藤村批判を展開する。

『島崎藤村は誠実な作家だというけれども、実際は大いに不誠実な作家で、それは藤村自身と彼の文章(小説)との距離というものを見れば分る。藤村と小説とは距りがあって、彼の分りにくい文章というものはこの距離をごまかすための小手先の悪戦苦闘で魂の悪戦苦闘というものではない。
藤村とその文章との距離というものが、藤村の三人称客観小説世界を形成しているわけで、藤村独自の距離感を「小手先の悪戦苦闘」とまで言ってしまったのでは、これちょっと言いすぎなのではないかというのはある。』

安吾の言いたいこともわかる。安吾は大文字の「文学」とは形式ではなく内実だと言いたいのだろう。
安吾はさらにかぶせてくる。

『彼がどうして姪という肉親の小娘と情慾を結ぶに至るかというと、彼みたいに心にもない取澄し方をしていると、知らない女の人を口説く手掛りがつかめなくなる。彼が取澄せば女の方はよけい取澄して応じるものであるから、彼は自分のポーズを突きぬけて失敗するかも知れぬ口説にのりだすだけの勇気がないのだ。肉親の女にはその障壁がないので、藤村はポーズを崩す怖れなしにかなり自由に又自然にポーズから情慾へ移行することが出来易かったのだと思う。』

これには参った。形式とか言っているから、藤村お前は女にもてないんだと言っているわけだ。滅茶苦茶なんだけれど、オタクよりもヤンキーのほうが女の子にもてたというかつての時代状況を考えれば、安吾の言うことは一理ある。
安吾の剛腕、炸裂だ。

【日本文化私観】

この「日本文化私観」は
一 「日本的」ということ
二 俗悪について(人間は人間を)
三 家について
四 美について
という構成になっていて、それぞれに安吾らしい文章がつづられている。

「家について」の中にこのようにある。

「僕はもうこの十年来、たいがい一人で住んでいる。何もない旅先から帰ってきたりする。すると、必ず、悔いがある。叱る母もいないし、怒る女房も子供もいない。それでいて、家へ帰る、という時には、いつも変な悲しさと、後ろめたさから逃げることができない。帰るということの中には、必ず、振り返る魔物がいる。そうして、文学は、こういうところから生まれてくるのだ、と僕は思っている」

本当にこういう感覚ってある。私は結婚するまで何年か一人暮らしをしていたけれど、夜中、ドアを開けてから、誰もいない真っ暗な部屋に入り電灯のひもを引っ張るまでは、何だか薄らさみしいような気持になった。

エリア88という漫画で、一人暮らしの部屋に帰った時に真っ暗なのが嫌だから、部屋を出るときはいつも電気をつけっぱなしにするというヤツがいた。そいつが乗る戦闘機がもうダメだというときに、彼は親友に無線でこのように言う。

「オレの部屋の電気は消しておいてくれ」

分かるわー、と思って。
誰もいない部屋に帰った時のあの感覚って何だろう。気圧が外より低いような、地面がちょっとゆるいような、そんな場所に迷い込んだような。
それを安吾は、

「帰るということの中には、必ず、振り返る魔物がいる」

とか、さらには、

「文学は、こういうところから生まれてくるのだ」

とか、本当にうまいことをいうと思って。

【死と影】

坂口安吾が「ふるさと」という言葉を語りだすのは、昭和17年発表の「文学のふるさと」あたりからです。しかし昭和23年発表の「死と影」で、坂口安吾は昭和12年ぐらいの時の自伝的なものを書いていています。

その中で三平という、まあほとんどホームレスみたいな人間と坂口安吾は友達になります。
三平は言う。

「センセイ、いっしょに旅に出ようよ。村々の木賃宿に泊まるんだ。物をもつという根性がオレは嫌いなんだ。旅に出るとオレの言うことがわかるよ。センセイはまだとらわれているんだ。オレみたいな才能のないやつが何を分かったってダメなんだ。センセイに分かってもらって、そしてそれを書いてもらいたいんだ。旅にでれば必ず分かる、人間のふるさとがね。オヤジもオフクロもウソなんだ。そんなケチなもんじゃないんだ。人間にはふるさとがあるんだ。そしてセンセイもそれがきっと見える」  

三平って実在したのでしょうか。

【不連続殺人事件】

坂口安吾には長島萃(あつむ)という友人がいた。長島は何度か自殺未遂を繰り返し、昭和8年に脳炎にかかりそのまま発狂して死亡した。
坂口安吾は昭和9年発表の「長島の死」でこう書いてある。

『私は彼のように「追いつめられた」男を想像によってさえ知ることができないように思う。その意味では、あの男の存在はわたしの想像力を超越した真に稀な現実であった。もっとも何事にそうまで「追いつめられた」かというと、そういう私にもハッキリとは分からないが恐らくあの男のかんする限りの全ての内部的な外部的な諸関係において、その全部に「追いつめられて」いたのだろうと思う』

全てに追いつめられる男とはなんなのだろうか。おそらく現代の精神医学では何らかの病名はつくだろう。ただ病名がついたからといって追いつめられる要素が一つ増えるだけの話で、全てに追いつめられていることには変わりがないだろう。

長島は何に追いつめられたのか?ということを純文学で読みたかったが、坂口安吾は「全てに追いつめられる男」を推理小説で表現した。それがこの「不連続殺人事件」だと思う。

ここからはネタバレ注意です。長島萃から見た不連続殺人事件のあらすじを書きます。

金持ちのボンボンである文学青年一馬(長島萃)は、ピカ一という画家からその美しい妻であるあやかさんを奪い取る。しかしそもそもこれが罠。ピカ一とあやかはぐるになって、一馬の妹2人と父親と一馬本人をこの順番で殺し、一馬の遺産を根こそぎ貰おうという作戦。
戦後すぐの夏、一馬の田舎の屋敷で一馬の文学仲間が避暑に集まることになった。どさくさにまぎれて、あやかはピカ一を含め何人か関係のない人間にも招待状を出した。
最初に殺されたのは望月という文学者である。望月が殺された時、あやかは一馬と一緒にいた。夫婦だからあやかのアリバイにはならないが、これで数馬は妻のあやかは犯人ではないと確信した。望月はピカ一に殺されたのだが、これは一馬にあやかだけは犯人ではないと思わせるためだけの殺人であった。この後、一馬の妹2人と父親がピカ一とあやかに交互に殺される。もちろんピカ一とあやかは誰の前でも犬猿の仲を装っている。二人がつながっていることは誰にも分からない。
最後の仕上げだ。あやかは一馬に二人の寝室で毒入りの水を飲ませる。一馬はその水を飲んだ。あやかだけは犯人ではないと確信していた。自分を確信させるために、愛する妻のあやかが人一人殺したとは想像できかった。一馬は死んで、あやかは一馬の死を自殺だと証言した。
しかしここで名探偵登場というわけです。

不連続殺人事件の中で、一馬は策略によって全てのものに追いつめられて最後に殺される。何故、一馬すなわち長島が死ななくてはならなかったのかということは、現実よりも一次元下がった推理小説だから私たちにも理解できた。しかし現実の世界の死というのは本当のところ、理解できないところが残る。
私は中学2年の時にクラスメートが、24歳の時に同年代のいとこが自殺したが、彼彼女が何故自殺したのかは最後のところで分からない。ただ私としては生き残ったもののひけめのようなものがあるだけだ。

【堕落論】

『昔、四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の一つは、彼等が生きながらえて生き恥をさらし折角せっかくの名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったそうな。』赤穂浪士の物語は、日本的なこだわりにあふれている、ということでしょう。この後、日本的こだわりの例がいくつかあげられます。

童貞処女のまま愛の一生を終らせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかった話。

戦争未亡人を挑発堕落させてはいけないという軍人政治家の魂胆で、この戦争中、文士は未亡人の恋愛を書くことを禁じられていた話。
武士は仇討のために草の根を分け乞食となっても足跡を追いまくらねばならないという話。学生と娘は心中したくはなかったし、戦争未亡人は操をたいして守りたくもなかったし、武士はかたき討ちなど本当はやりたくなかったのだけれど、日本的こだわりの同調圧力で、やらなくてはいけないかのような気になってしまったということでしょう。そして個々の日本的こだわりが一つになり、巨大なうねりになったものが日本の歴史であると安吾は言います。安吾は以下のような表現をしています。
『歴史は個をつなぎ合せたものでなく、個を没入せしめた別個の巨大な生物となって誕生し、歴史の姿に於て政治も亦また巨大な独創を行っているのである』

そしてあの戦争とは何だったのか?

安吾はこのように言います。

『この戦争をやった者は誰であるか、東条であり軍部であるか。そうでもあるが、然し又、日本を貫く巨大な生物、歴史のぬきさしならぬ意志であったに相違ない。日本人は歴史の前ではただ運命に従順な子供であったにすぎない。』さすがの論考ですね。あの巨大な戦争の時に、日本人は細かい見栄やこだわりに関わりあう暇がなくなってしまって、大きな運命に身を任せるような状態になってしまったといいます。それを安吾は美しい理想郷のようだったと言っています。

『近頃の東京は暗いというが、戦争中は真の闇で、そのくせどんな深夜でもオイハギなどの心配はなく、暗闇の深夜を歩き、戸締なしで眠っていたのだ。戦争中の日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。それは人間の真実の美しさではない。そしてもし我々が考えることを忘れるなら、これほど気楽なそして壮観な見世物はないだろう。』しかし戦争は終わり、日本人は元の日本人的こだわりの場所へ戻るのでしょうか。戦争という巨大な世界を見た後では、なかなか元のこだわりの世界に戻るのは難しいというか、バカバカしいみたいなことはあるでしょう。そもそも日本の場合、変な非合理性にこだわって大惨敗を喫したというのもありますから。日本人はこだわりの世界のもっと底から、恰好をつけるような場所ではなく、好きな女には好きというような場所から自分たちの生活を積み上げていかなくてはならない、と安吾は言うわけです。もっともです。じっさいはこのようにあります。

『戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。』恰好をつけて生きるような、そんなくだらない高みからは堕ちろと。そのような高みがくだらないということは、まさに戦争が教えてくれただろう、というわけです。
現代という平和な時代に長く生きていると、恰好をつけて生きるのが有利な場合が多いですから、なかなか堕ちるというわけにもいかないのですが、一応「堕落論」的世界を知っておくのも悪くないと思います。

【続堕落論】

最初は新潟の石油成金の話。

『中野貫一という成金の一人が産をなして後も大いに倹約であり、安い車を拾うという話を校長先生の訓辞に於て幾度となくきかされたものであった。百万長者が五十銭の車代を三十銭にねぎることが美徳なりや。』金持ちが小銭を節約するのが美徳とされるような気取った社会なんてウンザリだっただろう、というわけです。次は農村文化の話。

『戦争中は農村文化へかえれ、農村の魂へかえれ、ということが絶叫しつづけられていた。一口に農村文化というけれども、そもそも農村に文化があるか。文化の本質は進歩ということで、農村には進歩に関する毛一筋の影だにない。』気取った都会人が農村にあこがれて農業を始めてみても、現実は厳しいというのは今でも同じです。

次は、額に汗することが大切だというこだわりについての反論。『必要をもとめる精神を、日本ではナマクラの精神などと云い、五階六階はエレベータアなどとはナマクラ千万の根性だという。すべてがあべこべなのだ。真理は偽らぬものである。即ち真理によって復讐せられ、今日亡国の悲運をまねいたではないか。』そんな非合理なことだから戦争に負けたんだ、と言われたら何も言い返せません。そして、天皇制とは、日本がこだわりや気取りで首が回らなくなった時のための安全弁みたいなものであるという話。
『たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕ちんの命令に服してくれという。すると国民は泣いて、外ならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ! 嘘をつけ! 嘘をつけ!我等国民は戦争をやめたくて仕方がなかったのではないか。そのくせ、それが言えないのだ。』気取った左翼が天皇制は必要ないなんて言うことがありますが、彼らのような人にこそ天皇制は必要なのでしょう。




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坂口安吾、昭和22年の評論。

安吾には長島萃(ながしま あつむ)という友人がいた。戦前の衆議院議員、長島隆二の子息であった。彼は若くして脳炎で死んだのだけれども、この長島萃をめぐる安吾の文章には一種異様な迫力がある。
こんな感じ、

「彼の死床へ見舞つたとき、そこは精神病院の一室であつたが、彼は家族に退席させ、私だけを枕頭によんで、私に死んでくれ、と言つた。私が生きてゐては死にきれない、と言ふのだ。お前は自殺はできないだらう。俺が死ぬと、必ず、よぶから。必ず、よぶ。彼の狂つた眼に殺気がこもつてギラギラした。すさまじい気魄であつた。彼の精神は噴火してゐた。灼熱の熔岩が私にせまつてくるのではないかと思はれたほどである。どうだ。怖しくなつたらう。お前は怖しいのだ、と彼は必死の叫びをつゞけた。 
彼はなぜ、そこまで言つてしまつたのだらう? そこまで、言ふべきではなかつた」

最後の言葉は語るべきではない、というのはあると思う。
現代のような世界に暮らしていると、どうやら自分の言葉の意味が相手に届いてないらしいということがあり得る。だからと言って最後の言葉を絶叫していいというものでもない。

よく新聞とかで、駅なんかで女性のスカートの中を盗撮して捕まったヤツの動機の告白で、
「スカートの中が見たかったから」
のようなことが書かれていたりするけれど、これって本当に最後の言葉だよなって思う。女の子のスカートの中を見たければ、いくらでも合法的な手段があるだろう。様々な可能性を排除して、ただ原因と結果のみの言葉、
「スカートの中が見たかったから」

怖ろしい。最後の言葉を要求する世界が怖ろしい。

ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中で、ドミートリーの裁判の中で彼の恋人であるカテリーナがこのように告白する場面がある。

「あたしと結婚する気になったのだって、あたくしが遺産を相続したからに過ぎません。そうじゃないかとかねがね思っていました。ああ、このひとはけだものです。あたくしがあのとき訪ねていったことを恥じて、一生この人にびくびくし続けるだろう、だから自分はそのことで永久にあたくしを軽蔑し、優越感を抱いていられると、いつも思っていたのです」

カテリーナもドミートリーを愛していると感じた瞬間だってあっただろうし、もちろん憎んだ瞬間もあっただろう。カテリーナの存在というのはゆれていたのだけれども、「断言」することによって存在が固定されてしまう。

断言を要求する世界って怖ろしいと思う。そういう場所に追い込まれないよう注意しなくてはいけない。

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村上春樹「海辺のカフカ」の辛口レビューです。



amazon.co.jpで確認


あらすじは、東京に住むカフカ少年が家出して、高松の図書館に居候することになり、その館長の女性と仲良くなるというもの。話としてはこれだけなんだけれど、構成とか作品の意味についてもう少し説明してみたい。

家出して四国に住みついた15歳のカフカ少年のパートと、子供のころの事故でネコと喋れるようになった初老のナカタさんのパートとが交互にくり帰されるという構成。


このカフカ少年パートがメインパートだと思う。15歳カフカ少年は家出して、まあいろいろあって高松のしゃれた図書館に居候することになる。そこの館長は佐伯さん(女性 52歳)、職員は1人で大島さん(男性? 21歳)。

この大島というヤツはカフカ少年を助けていろいろ人生の教訓とかを語ったりするのだけれど、読者的には話がだるい。

大島君は想像力のない人間は嫌いらしい。
しかし彼自身の語りの内容というのが、

「いかなる人間も同時にふたつの違う場所には存在することはできない。それはアインシュタインが科学的に証明している」

とか、

「ルソーは人間が柵をつくるようになったときに文明が生まれたと定義している。まさに慧眼というべきだね」

とか、権威のヨイショなしには論理を持ち上げられないレベルだ。これで想像力のない人間は軽蔑に値するとか、よく言えるよねと思う。こいつの話は読む価値はない。

この大島はよく喋る。大島の喋った内容をまるごと削ったとするなら、「海辺のカフカ」でのカフカ少年のパートは半分ぐらいになるだろう。

高松の図書館の館長佐伯さん(女性 52歳)には互いを理解し合えるような幼馴染がいたのだけれど、彼は二十歳の時に事故死してしまう。それ以降、佐伯さんは孤独に生きているのだけれど、これはもう「ノルウェイの森」のキズキと直子だろう。

「ノルウェイの森」では、キズキは18ぐらいの時に自殺して、残された直子を「僕」は何とか救おうとするのだけれど結局ダメだったという。あれから30年たって直子が佐伯さんとして生きていたら? 「僕」の子供がカフカ少年として15歳になっているとしたら? 

「僕」の15歳の子供が、あれから30年たった直子と結ばれたとして、「僕」は救われるのだろうか?

大島くんは、ギリシャ悲劇オイデプス王の物語まで持ち出して、巨大な円環が閉じるように話を操作しようとしているけれど、やっぱり15歳の少年にとって52歳の女性というのは初体験にはきついのではないかな。読まされるほうもキツイ。ギリシャ悲劇を持ち出して真理は相対的なものだと語ったところで、やっぱり自身の中に価値を持つような相対的ではない種類の真理というは存在するよ。

やっぱり「海辺のカフカ」は「ノルウェイの森」の問題を無理やり解決しようとしているのではないか。

直子は自殺して「僕」は緑に乗り換えた。もうそれでいいじゃないのって思う。時間は循環しない。時間ほど残酷なものはない。

「海辺のカフカ」におけるメタファーを翻訳すると、

彼女が死んで30年たつのだけれど、もしかしたら彼女は生きているかもしれない。僕の遺伝子を継ぐ15歳の息子が、現在50歳の彼女に会いに行く。僕の分身である15歳の息子は、現在50歳の彼女の中に15歳の少女を発見して恋に落ちる。15歳の少年は50歳の彼女を母と思い、15歳の彼女を恋人だと思う。二人は四国の幽玄の山の奥で強く結ばれる。しかし、母であると同時に恋人である彼女は、15歳の少年を四国の山奥から現実の世界へと力強く押し出してくれた。

ということになるだろうが、これは大丈夫だろうか? 突っ込みどころが目白押しではないだろうか。

結局、「海辺のカフカ」は「ノルウェイの森」の蛇足だと思う。

「ノルウェイの森」で直子は「僕」に、

 「あなたに私のことを覚えておいてほしいの」

と言う。女性のこのような自己愛的な発言は、男的にはイライラすると同時に詩的なものがある。本来ならこのような女性の謎を解いてはいけない。

「海辺のカフカ」で佐伯さんはカフカ少年に

「あなたに私のことを覚えておいてほしいの。あなたさえ私のことを覚えていてくれれば、ほか のすべての人に忘れられたってかまわない」

と言う。言葉が付け足されてない? これがシンボルメタファーとしての蛇足ですよ。



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村上春樹「ノルウェイの森」は素晴らしいい小説でした。映画化もされたが、やはり小説のほうがいいですね。

主人公の「僕」は、死んだ友人キスギの彼女であった直子と東京で偶然出会う。僕と直子は何度かデートを重ねるのだけれど、直子は精神の不安定な女の子で、ある日突然京都北部の精神療養所に移ってしまう。直子から手紙を貰った僕は、その療養所を訪れる。


僕は療養所へゆく電車の中とかで、トーマスマンの「魔の山」を読む。療養所でも直子が眠った後に「魔の山」のページをめくったりする。

「魔の山」という小説は、カストルプという青年がスイスの結核療養所で何年かすごしたことについての小説だ。「魔の山」は教養小説といわれている。カストルプが療養所で、いろんな人との係わり合いによって成長していくという。

しかし「魔の山」を読んでみれば分かるのだけれど、小説の中でカストルプ青年が、人間として教養人として、実際に成長しているかどうかというのは微妙だ。確かに奇妙な人物たちが様々な言論をカストルプの前で展開はする。しかしそれは閉じられた結核療養所内での言論であって、外の世界で通用するような実践的教養ではない。魔の山でカストルプは、さらに言えば「魔の山」を読んだ私たちは何を学んだのだろうか?


僕は直子をたずねて、京都北部の山深い精神療養所を訪れる。ここは外界とは隔絶されている。まさに魔の山だ。カストルプは何年も滞在したのだけれど、僕は2泊3日。

僕はこの魔の山で、直子や直子と同室のレイコさんと対話をする。この療養所では何でも正直に話すことになっている。人に意見を押し付けたり自分の弱かった過去を隠す必要はない。直子から自殺したキズキとは本当はどのような関係だったのか語られたりする。外の世界ではとても語ることのできないようなセンシティブな話。

外の世界と療養所内では、人を支配するところの雰囲気のようなものが異なる。直子やレイコさんは療養所内の特殊な雰囲気の中でしか生きることはできない。そして、外の世界の人間は外の世界の雰囲気の中で生きる。ところが僕は療養所を訪ねることで、外の世界と療養所の世界、二つの世界の雰囲気を知ることになる。

この二つの世界を知ること、全く異なる雰囲気の世界が同時に存在しえるということを体感すること、これが僕の成長であり、「魔の山」的教養の獲得なんだろうと思う。

魔の山を下りた僕。ここまでが上巻。
以下、下巻。

主人公「僕」は、京都北部の精神療養所に直子を訪ねる。

直子は僕の高校時代の親友であるキズキの彼女だった。キズキと直子は幼馴染であり恋人同士であり、互いに深く結びついていた。キズキは自殺して直子だけが残された。直子は精神を病み、僕は直子を守ろうとする。

互いに深く結び合う男と女とはどのようなものなのだろうか。夏目漱石の「門」に、宗助と妻オヨネとの関係についてこのような表現がある。

「社会の方で彼らを二人ぎりに切り詰めて、その二人に冷ややかな背を向けた結果に他ならなかった。外に向かって成長する余地を見出せなかった二人は、内に向かって深く延び始めたのである。彼らは六年の歳月を挙げて、互いの胸を掘り出した。彼らの命はいつの間にか互いの底にまで食い入った。
二人は世間から見れば依然として二人であった。けれども互いから云えば、道義上切り離す事の出来ない一つの有機体になった」

近代における基本的なルールというのは、自らの価値を自らの中に認めるということだ。いばらの道であり、正直これは誰にでも完遂できることではない。多くの人は幾分か諦めて、地域や伝統や権威に寄りかかり生きていく。幾分か諦めてという自覚があるのなら、これでべつに悪くもない。

ところがこの近代のルール回避のための裏技がある。二人の人間が互いに依存しあえば、孤独という沼を避けて自分の根拠を確認することができる。依存しあう二人の人間とはだいたいにおいて男と女であって、普通これを恋という。ただ依存しあう男と女といっても、恋の始まる前はそれぞれに根拠があるのが普通なのだけれど、根拠無く二人が依存し続ける場合は問題がある。近代において大人になるための代償を払っていないから。

「門」の宗助、「こころ」の先生もそうだし、キズキと直子も同じパターンだ。

キズキは死んで直子は残された。僕は直子を救うために強くなろうとする。僕が自らを強くするための根拠とは、世界を相対化する能力のことだ(これについては私の「ノルウェイの森上」の書評を読んでほしい)。本文にこのようにある。

「おいキズキ、と僕は思った。お前とちがって俺は生きると決めたし、それに俺なりにきちんと生きると決めたんだ。お前だってきっと辛かったろうけど、俺だって辛いんだ。本当だよ。これというのもお前が直子を残して死んじゃったせいなんだぜ。でも俺は彼女を絶対に見捨てないよ。何故なら俺は彼女が好きだし、彼女よりは俺のほうが強いからだ。そして俺は今よりもっと強くなる。そして成熟する。大人になるんだよ。そうしなくてはならないからだ」

直子は結局自殺する。救われるには直子は根拠がなさ過ぎた。これはね、メンヘラ女を好きになった男は分かると思うのだけれど、根拠なく依存先を探そうとする人間を救うことは根源的にムリなんだよね。

僕は最後、直子の世界とミドリの世界とのはざまにいる。

例えば、フローベールのボヴァリー婦人は近世と近代のはざまでこのように言う。

「しかしいったい何が彼女をこんなに不幸にしているのだろうか? 彼女を転倒させてしまった異常な禍はどこにあるのか? 自分を苦しめる原因を捜すように彼女は頭をあげて周囲をみまわした」

僕は、直子の世界とミドリの世界とのはざまでこのように言う。

「僕は今どこにいるのだ?
僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話ボックスのまわりをぐるりと見わたした。僕は今どこにいるのだ? でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。見当もつかなかった。いったいここはどこなんだ? 僕の目にうつるのはいずこへともなく歩きすぎていく無数の人々の姿だけだった。僕はどこでもない場所の真ん中から緑を呼びつづけていた」

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「政治の世界」は丸山眞男の昭和27年の評論。
若き丸山のひかえめながらも熱い思いが伝わってくるような。

巨人丸山を読みながら、リベラルとは何だったのかという事を考えてみたいと思う。

政治とは何かについて丸山は、
「社会的な価値、例えば知識、尊敬、威信、快適、優越、勢力、権力などの獲得、維持、増大をめぐる争いについての解決の概念」
だという。
政治の背後には武力というものがあって、近代において武力は原則として国家しか持たないわけだから、必然的に政治とは国家の内部についての話がメインになる。

丸山はひとつの伝承を語る。
戊辰戦争で板垣退助が会津城を囲んだとき、会津の農民は自分の藩の危急存亡にも全く無関心で、平然と官軍を受け入れていた。人民における政治の不在に危機感を抱かせたこの出来事が、後に板垣を自由民権運動に投じさせた動機になったという。

この話を丸山は肯定的にとらえている。すなわち丸山は、出来るだけ多くの国民が、国家内において価値をめぐる争いに参加するべきだと考えているわけだ。社会的な価値の内訳に「知識」をあげたけれども、何の知識でもいいというわけではない。とにかく尊敬されるような知識でなくてはならない。そして尊敬されるべき知識は学校教育で教えられる。
すなわち学校教育というものは、出来るだけ多くの国民に国家的価値競争に参加してもらうための一つの機構ということになる。そして何が価値のある知識であるかという判定は、明治憲法下においては最高権威の天皇にどれだけ近いかということで決定される。

これは当たり前のシステムではない。人々は今まで平和に暮らしていたのに、急になじみのない価値観を押し付けられて、この価値観をめぐって互いに競争しろって言われるわけだから。しかしこのシステムを支えた根拠は、一体性を強化しなければ日本は滅びてしまうだろうという国民共通の危機感だった。

時は流れて昭和27年。
丸山は今の日本には政治が必要だという。具体的にはこのように言う。

「民主主義が現実に民衆の積極的な自発性と活発な関与によって担われるためには、どうしても国民の生活条件自体が社会的に保証され手から口への生活にもっとゆとりが出来るということが根本だということにならざるをえません」

実に巧妙に原因と結果を転倒させている。
板垣退助は日本独立のために自由民権運動が必要だと言ったわけだ。これと同じ論理で言えば、丸山は国民が豊になるために民主主義が必要だと言わなければならないはずなのに、ここでは民主主義のために国民が豊かにならなくてはならないと語ってしまっている。
正しくは、日本が豊かになるためには日本はその一体性を維持しなくてはならないから、戦前までは価値の序列システムの中心に天皇を置いていたけれども、これからは天皇の代わりに民主主義とそれに付随する観念を据えなくてはならない、と言わなければならない。

日本が経済的に成長していた時代には、丸山的虚構は虚構であっても問題はなかった。しかし成長しなくなってしまうと、多くの国民にとって普遍的価値の序列システムに参加する意欲というのは薄れてしまうだろう。リベラルがその正義を声高に主張しても、積極的に支持されるという事にはならなくなる。リベラルはそもそもの根拠が怪しいので、あまり声高に正義を主張すると藪蛇みたいなことになりかねない状況だと思う。


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荻生徂徠というのは、18世紀初頭の儒家です。
荻生徂徠なんていう忘れられた儒家の「政談」などという忘れられた書物を現代に読んで何の意味があるのかと思われるかもしれないのですが、まあまあ。

人類は中世という弱肉強食の世界から近世という時代に移行したと。近世というのは、社会全体にまとまりをつけて、集団がより合理的により強くなろうとするモチベーションの存在する世界です。日本で言うと、16世紀初頭に畿内でこのような精神運動が発生して、徐々に周りの諸国に広がっていったと思われます。このような社会の動静をうまく利用してのし上がったのが戦国大名と言われる人たちでしょう。

日本では16世紀初頭から徐々に人口が増え始め、17世紀に爆発的に増えたのですが、18世紀初頭には人口が停滞するようになります。200年続いた経済成長が止まったということになります。現代日本みたいな感じです。

成長が止まったからといって中世世界に戻っていいかというと、そういうわけにもいきません。現状維持のために、ある一定以上の社会秩序を維持しなくては。
社会秩序の維持という問題は、哲学的政治的問題となります。成長の止まった社会には様々な問題が現れます。その解決策として、個人の生産性を高めなくてはいけないとか、個人がもっと消費を節制するべきだとか、そのような意見も出てくるでしょう。

しかし社会秩序の維持に関して最も重要でセンシティブな問題は、社会からこぼれ落ちそうな人をどうするかということです。
よくある意見というのが、個々人がそれぞれにしっかりと人格形成すればいいのではないか、というものですが、そんなことが簡単にできるのならば、そもそも社会秩序の維持という問題は存在しないのです。

例えば近世イギリスの場合、犯罪者もしくは犯罪者予備軍を毎年5000人、新大陸に向けて切り捨てたという統計があります。犯罪者といっても、借金が返せないとか、現代では犯罪にならないような人たちを大量に含んでいます。犯罪者予備軍といっても町の浮浪者とかです。イギリスはヤバそうなやつは大陸送りにすることによって、その内部の秩序を維持したわけです。

では18世紀初頭の経済成長の止まった日本はどうするか? 日本はイギリスのように底辺層を切り出すような植民地を持っていません。
イントロが長くなってしまったのですが、ここで荻生徂徠の「政談」ということになります。

荻生徂徠は「古学」というものを始めたという、また以下これめんどくさい説明になって申し訳ないです。

儒教の聖典を「四書五経」といいます。五経のほうが四書より上とされていて、五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」の5つの文書を指します。しかしこの「五経」、正直読んでも何を書いてあるのかわかりません。例えば「春秋」なんですけど、これ自体は春秋時代(春秋が書かれたから春秋時代というのですが)の魯という国の極めて淡白な年代記です。これだけ読んで何か深淵な意味が理解できるというものではないです。なんせ淡白な年代記ですから。
なぜ読んでも意味の分からない「五経」が儒教の経典になったのかというと、後世の儒家が「五経」に意味をドンドンのせていったわけですね。そのうち伝統の重みみたいなものも出てくるわけです。
これがですね、宋代に入りまして、新しい時代に伝統の重みはうんざりだということになりまして、「五経」を棚上げにして「四書」を重視するという流れが出てきました。
「四書」というのは、「論語」「大学」「中庸」「孟子」の4つの文書を言いまして、これらは直接読んでも意味が分かります。この「四書」をメインにして、これまでの儒教を再編成しようという新儒教の運動が現れまして、この運動を集大成したものが朱子学と言われるものです。
ですから朱子学というものには、伝統にとらわれず古典を直接読もうという意思が内在しています。
しかし朱子学も伝統化してしまうのですが、荻生徂徠の古学というのは、この朱子学の伝統を振り払い「四書」を直接読もうという運動であり、話が長くなって申し訳ないのですが、荻生徂徠の古学というのは、結局朱子学の一派ということになります。

そこで荻生徂徠は古典を直接どのように読んだのか?ということになります。

「孟子」という書物がありまして、孟子という人物自体は紀元前300年ぐらいの人です。中国の紀元前300年というと、もうあと100年ほどで秦の始皇帝が中国を統一するという時でして、秦以外のほかの国々は、いかに自分の国を維持するか、さらにあわよくば自らの国を覇者の国、現代風に言えばヘゲモニー国家にするかを真剣に考えていた時代です。そのような時代に孟子は、いかにすれば国家は強くなるかというのを君主に説いて回るような遊説家だったのです。

孟子の論理というのは、国家が強くなるには人民をシバキあげて言うことを聞かせるなどというレベルの低いことではだめで、国家は人民を慈しみ人民は互いにその性善を信じて助け合うという上下の努力によって、その社会秩序を強化するべきだというものです。
要するに孟子には、国家が人民の生活にまで介入する、という論理と、人民が互いにその性善を信じあうという二本柱の思想になっています。
荻生徂徠の思想というのは、どちらかというとこの前者の「国家の介入」というところに重きを置くスタンスです。
国家が人民の生活にまで介入する、なんていうと何だかイヤーな感じがするだろうと思うのですが、これは別にまじめに生活している人にまで国が介入するというものではないです。社会からはみ出しそうになっている人たちに介入するという意味です。
例えば、ハロウィンの渋谷で多くの若者が暴れるという事件がありました。あのような若者をどうするかと考えた場合に、まじめな人とダメな人とは住む区域を別にして日本という一つの国にあたかも二つの国があるかのようにするべきだ、などと明確に考えたりする人はさすがに少数派でしょう。多くの人は、国家がふざけた若者を正業に導くような介入をするべきだ、と考えるか、周りの大人が若者の性善を信じて若者を正業に導くべきだ、と考えるかという二つの考えのバランスの内にあると思います。
荻生徂徠は、このような意味での国家主義者です。

具体的に「政談」でどのようなことが書かれているかというと、

「近年になって無宿者になった類は、いずれも自分の身の働きが悪かったためとはいえ、もともと愚かなもので、その身の慎みが悪くなったというのも、国の政治が悪いために、世の中の風俗も悪くなり、また景気が悪くなったという状況の中から生じたものであるから、つまりは為政者たる幕府の責任というべきである」

というような論調です。
さらに荻生徂徠が体罰問題について語るとこのようになります。

「本当の治めというのは、末々の者まで一人も見捨てることはできないと思い込んで、その人々のことを心にかけ世話をしてやることである。下の者を処罰したりだましたりすることもあるが、要するに面倒をよく見て、心にかけ、とにかく下の者の生活が成り立っていくようにしてやることが仁である」

誰もができることではないでしょうが、一つの見識だとは思います。

歴史的な条件から考えて、これからの日本が荻生徂徠的な世界観に移行していくことも十分あり得ると思います。



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