magaminの雑記ブログ

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底辺会社勤務の男性は、半分以上が40歳になっても50歳になっても結婚しない。女嫌いの男というのはほとんどいないと思うので、まあ彼らは結婚できなかったんだろう。


【結婚している奴らもいる】

でも結婚している奴らもいるわけだ。給料が安いという条件は同じなのに、何が違うんだろう。よく言われるのが、イケメンならモテるんでしょうとか、親が金持ちだと強いよねとか。でもね、イケメンなんてそういるものでもないし、親が金持ちのヤツは底辺会社で働いたりしないだろう、そもそも。

給料が安くても結婚できるヤツというのは、人に対して「一緒に頑張っていこう」と思っていることが多い。女の子に対しても、一緒に頑張っていこうよアピールをしたんだろう。
これにたいしてね、給料も安いくせに「俺についてこい」みたいな態度では、今の時代、結婚なんてとても無理だよ。

40にも50にもなって結婚していないやつが周りに半数以上いると、職場での会話に困る。たいがい男同士で無難で盛り上がれる話というのは、女のオッパイかお尻についてなんだけれど、この類の話ができにくくなる。
結婚していないから女の話を振れない。そのうち、こいつ童貞なんじゃないかと疑念すらわいてくる。
本当に冗談抜きで。
50にもなって童貞なんてありえないとは思うのだけれど、女の話が振られないから女の話をしない、女の話をしないから女の話が振られない、10年も15年も女の話をしないから童貞を疑われる、なんていうヤツは底辺会社にゴロゴロいる。陰で「あいつらまとめて童貞トリオ」とか呼ばれたりする。

自分はスクールカーストで下位だったし、結婚はヤバいなと思ったら、若いうちから女性に対して「一緒に頑張っていこう」という態度で接していった方がいい。できもしないのに「自分が、自分が」なんて思ってちゃダメ。できなくてもいいんだよ、できないから一緒に頑張っていくんだから。
とにかく50にもなって童貞トリオなんて呼ばれたら最悪だろう。呼ばれたことないから知らないけど。

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いま底辺労働に革命が起きている。
ここ何年かで最低賃金が急上昇している。これによって底辺会社の賃金も上昇している。

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【底辺労働における最低賃金急上昇の衝撃】

いま最低賃金は神奈川で983円。日給に直すと7864円となる。

最低賃金上昇の結果は、ただ給料が上がるというだけではない。
底辺会社のビジネスモデルというのは、安い給料で人をこき使うという事なのだけれど、そういうのって例えば、日給で6400円が最低賃金の時に6800円もらっていたとするなら、そのビジネスモデルも機能するんだよ。400円分余計にもらっているわけで、社長なら社長の言うことを聞かなくてはいけないような雰囲気になってくる。

ところが、最低賃金が7864円で現実の日給が7864円である場合、従業員は社長に感謝してよりハードに働こうと思うだろうか? 現在の日給額は社長のおかげではなく国家の恵みであって、ここに底辺会社のビジネスモデルは崩壊する。

私の会社の場合、3年ほど前にすべてのゴミ回収職員の日給が最低賃金に追いつかれた。この追いつかれたということは新聞とか読まない人にもあからさまに分かってしまう。なぜなら、今まで7400円とかいうキリのいい数字だった日給が、昇給月でもないのに7542円とか一円単位で昇給したりするから。

【この部分にお好きな文章を入力してください。】

社長に対する社員の態度も変わってくる。無理して動くなんてことは少なくなってくるし、社長や社長の息子に対する言葉遣いというのも、失礼ではないまでも丁寧ではなくなる。

うちの社長というのは、目上の人にはペコペコするけど下の者には威張るという、あまりよろしくない性向の持ち主なのだけれど、ここ3年ほど会社で思うように威張れなくて、なにかちょっとイライラしている感じだね。

全くどうしようもない。

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ゴミ回収会社で働いて20年だけれど、正直言って底辺近辺の会社だと思う。それなりの学歴の人間はそれなりの会社に入って、底辺の人たちとの交流もあまりないと思ので、底辺の現状を私なりに報告したいと思う。

無題


目次 

 1 関みつお
 2 佐伯みのる
 3 宮ちゃん
 4 清野せんきち
 5 小竹まんきち
 6 鈴木クマモー
 7 派遣社員
 8 まとめ



【関みつお】


関さんは昭和18年生まれ、独身。今、77歳。4年ほど前に会社を引退したというか、首になった。もう年だから。蒲田まれの蒲田育ちで、50歳ぐらいまでは船のエンジンを作る会社に勤めていたらしいのだけれど、そこが潰れて、ゴミ回収業の私が勤めている会社に来たという。無類の酒好き。酒好きというより、酒をいかに飲むかという一点によって関さんの人生は組み立てられている。
昭和の時代、蒲田には「女王蜂」というキャバレーがあったらしいのだけれど、関さんはそこの常連だった。毎日そこで飲むという日常だった。今の団塊世代以前は皆婚時代、生涯未婚率5パーセントという誰もが結婚するという時代だったのだけれど、関さんは結婚を度外視して飲みまくったのだろう。
関さんは左手の薬指の第二関節からないのだけれど、これは飲み代のためにわざと指をつめたのだというのが本人のコメントだ。仕事中の事故ということで保険金が下りるらしい。
キャバレーでつけで飲むと、そのつけは客についた女性が立て替えるのだという。関さんは、ある女性にかなりの借金が出来た。「女王蜂」がなくなって、その女性は小料理屋を開いた。関さんはこの小料理屋に通いながら、借金を返しながら、飲んだという。   

 関さん自身はこのように語る。

「俺が呑みに行っている飲み屋のばあさんな。一応定食屋って言うことになってるけど、誰も飯なんて食ってねえよ。来るのノンベばっかり。そのばあさん、昔は女王蜂のホステスだったな。美人だったかって、ブスだブス。もらった給料、全部女王蜂で飲んでな、金が足りなくなって、皿洗いしたこともよくあったよ。女王蜂の顔かって?ハハハ、女王蜂のゴミだな。 女王蜂がなくなるとき、片づけを手伝って、一時間で一万もらったな。 今でもその社長、生きててな、蒲田でよく会うよ。声をかけてくれるよ。この前、俺の飲み仲間で練炭自殺したやついただろ。あいつも女王蜂からの付き合いだったな。あいつ家が川崎なのに、女王蜂に通うのに定期を蒲田まで買って、それがばれて会社を首になったことがあったんだぜ。 キャバレー行ってよく親父に怒られたな。キャバレーみたいな安いとこじゃなくて、芸者で遊べってな。親父は金持ってたからな。 キャバレーっていうのは、おさわりしちゃだめだよ。よった振りしてちょっと触るくらいはあるけどな。 蒲田にはまだ二件のこってるよ。たまにしか行かないけどな」    

全くすがすがしいものだ。酒という一点で大地とつながり、酒という一点から世界を構築する。関さんは死ぬ瞬間、酒が飲めて全くすばらしい人生だったと思うだろう。こうありたいね。死ぬ瞬間に満足なら、その人の人生を否定することは誰にも出来ない。



【佐伯みのる】


私の勤めている会社は、現在従業員が5人なんだけど、この20年の間に20人くらい辞めている。このうち2人が死亡退職だ。
朝、会社に来ない。無断欠勤ってどうしたんだろうと思っていると翌日も来ない。近くの人がアパートに行ってみると鍵がかかっている。呼んでも反応がない。一週間ぐらいたって、社長が大家に連絡して鍵を開けてもらい入ってみると死んでいたというパターンが2回あった。佐伯さんもそのうちの1人だ。死んだときは63歳ぐらいだったと思う。  

佐伯さんは東北出身。すごくいい人で、性格は温厚、仕事ぶりはまじめ。そういえば、いつもコロッケパンを食べていた。  
市営住宅に奥さんと2人で住んでいた。すごく中のいい2人だったらしいのだけれど、奥さんが亡くなったんだよね。びっくりしたのは、佐伯さんは、奥さんの亡くなった翌日から会社に出勤してきたことだ。まじめさが魂の奥底まで食い込んでいた。  
奥さんが亡くなって、佐伯さんは、朝晩奥さんの仏壇に手を合わせるようになったらしい。会社が終わると、佐伯さんは、いつもトラックに向かって手を合わせて拝むようになった。 

「何やってるんですか、佐伯さん」 

と私が聞くと、 

「いやなにね、今日一日無事でありがとうって拝んでいるんですよ」 

と言っていた。朝、奥さんの仏壇で拝んで、夕方、車に拝んで、夜、また奥さんの仏壇を拝む。 
悪いことではないと思う。
美しい絵であると思う。
ただ残酷な絵でもある。  
拝むということは、伝統としての地域とつながっていて、さらにその伝統を子供に伝えるということにおいて実質がある。こういってしまうと申し訳ないのだけれど、墓参りや仏壇を拝んだりすることは、伝わる伝統地域、伝える子孫、これらがそろって始めて意味がある。孤立して都会に住む人間が拝みすぎると、心が空白になって、そこに過去の思い出が積もり始める。私はこれを比喩で言っているわけではない。実際にそうなんだ。  

佐伯さんは、奥さんが亡くなって1年ぐらいして、ちょっとおかしくなってきた。いつもボンヤリしているような感じ。ちょくちょく事故るようになった。トラックに乗ってのバックが怪しくなった。どこまでもバックして、最後何かにぶつけてブレーキみたいなことを1年に4.5回やったと思う。奥さんが亡くなって3年ほどたつと、受け答えも怪しくなってきた。

「佐伯さん、今日あのビルのゴミ回収に行きましたか?」

と私が聞くと、

「ウィー」という。

「行ったんですか?」 、「ウィー」 「行ってないんですか?」 、「ウィー」 

お手上げだ。よくよく聞くと、覚えていないということらしい。  
ある日の夕方、佐伯さんはお腹が痛いというんだよね。終業までなんとか働いて、トボトボ帰っていった。それから会社にはこれなくなってしまったわけだ。  
後で佐伯さんの兄なる人物が、社長の家に給料を取りに来たという。葬式とか、そのようなものの通知は一切なかった。本当に、ただいなくなって終わりという、それだけ。

【宮ちゃん】

宮ちゃんは知的障害者だったと思う。10年ぐらい前に辞めたのだけれど、生きていれば、今、70歳ぐらいだ。底辺会社だから、宮ちゃんみたいな知的障害者ももぐりこむ余地がかつてはあったのだろう。

宮ちゃんは、ひらがなも読めない。字も書けない。そのような人もいるだろうとは思っていたが、実際に目の当たりにするとちょっと驚く。底辺会社って、この世界と向こうの世界をつなぐ境目にあるともいえる。
  
宮ちゃんの支配者というのは、妹なんだよね。妹が宮ちゃんの給料を管理して、毎日の小遣いを渡す役割だった。  

驚くべきことに、宮ちゃんは結婚したことがあるという。

「妹が見つけてきたんだけど、足の悪いヤツでさー。妹が役に立たないからって追い出してやったんだよね」
 

宮ちゃんは、この言葉をそのまま言っていた。突っ込みどころ満載なのだけれど、あえて突っ込むこともないだろう。私が、子供は生まれなかったのか、と聞いたところ、宮ちゃんは


「結婚する時、パイプカットしたんだよね」

と言った。どうだ、お前、パイプカットって言葉を知っているか? みたいな勢いだった。 

いかにして?   


「いやね、妹がパイプカットした方がいいと言うんだよ」
  

いい意味にとれば、馬鹿同士子供が出来たら困るだろうということだし、悪い意味にとれば、優生学ということだろう。  
この条件を受け入れて、宮ちゃんはなおかつ自分は自由だと思っている。恐ろしいことだよ。私だって、宮ちゃんと異なっているとは言い切れない。  
宮ちゃんは会社を辞めた後、何度か会社に来た。どうしたの宮ちゃん? と聞くと、


「いやー、ちょっと忘れ物があってー」

みたいなことを言う。忘れ物とか言いながら3回ぐらい来た。最後にベテラン社員が宮ちゃんにこのように言った。


「おい宮、おまえボーナスが出ると思っているんだろう。妹より先にボーナスを貰おうと思ってるんだろう。心配するな、お前なんかにボーナスはでないよ。ジュースを買ってやるから、もう来るな」 
 

宮ちゃんは、糖尿病で甘いものが大好きだった。


【清野せんきち】


清野さんは、8年ぐらい前に死んだ。死んだときは52.3歳だったと思う。
独身の一人暮らし。笑い声が大きくて、ポッチャリ太った赤ら顔だった。自分の過去は、いっさい喋らなかったけれど、基本的に気さくでいい人だった。  

私の記憶にこびりつくのは、清野さんが死んだ時の状況だ。清野さんが、ある日無断欠勤した。翌日も来ない。どうしたんだろう、清野さん? と思っていたら、関連会社の人が私の勤めている会社まで来てくれて、こう言う。

「おたくの運転手さん、このまえパチンコ屋でぶっ倒れて、救急車を呼ばれてた。でもねー、救急車に乗らずに、そのままフラフラ帰って行ったんだけど、あの後大丈夫?」  

びっくりして社長に報告して、仕事の終わった後、一緒に清野さんのアパートに行った。  
清野さんは生きていた。  

パチンコ屋で倒れた拍子に足が動かなくなったということで、会社にこれなかったという。食事は宅配ピザを注文していたらしい。ピザの容器が室内に散らかっていた。救急車を呼んで、病院に連れて行った。私はそこで帰ったのだけど、社長が言うには、清野さんは、治療を終えて、最後松葉杖をついて自分のアパートへの階段を上るところまで見送ったということだった。 
 社長は翌日私に、

「清野さん、生きててよかったよー」 

と目に涙を浮かべて話していた。私は、あそこまで目に涙をためた大人を見たことはない。  
清野さんも、もちろんすぐには会社にこれないだろう。一週間ぐらいたって、社長が清野さんのアパートに行ってみた。そうしたら清野さんは死んでいたという。   
社長は詳しいことは話さないのだけれど、これはどういうことなのだろう。  
清野さんは社会保障に入っていなかった。フルタイムで働いていれば、社会保障は当たり前に入っているはずなのだけれど、底辺会社はそうではない。希望者には社会保障に入れないということもありえた。社会保障は労使折半だから、労働者の方から社会保障に入りたくないなんて言い出す人もいる。その方が会社も儲かるし、従業員も目先の手取りが増えて満足というということになる。清野さんはその口だった。だから健康保険に入っていないということになる。  
清野さんは生きることに投げやりだ。  
フルタイムで働いて社会保障に入らない。足が動かなくなったら、病院に行かず、会社に連絡せず、デリバリーで食いつなぐ。このようなことを、生きることに投げやりというのではないだろうか。
社長は何も言わないけれど、やっぱり清野さんは自殺だったと思う。   
清野さんの葬式の通知とかは一切なかった。




【小竹まんきち】


小竹さんは、63歳ぐらいだったか、去年退職した。10年ぐらい在職していた。この人、昔は大工で、職人の誇りというものを持っていた。  
これが極めて扱いにくいんだよね。
昔は職人だったかもしれないけれども、今はごみ屋なんだから、まあそれなりにやってくれればいいと思うのだけれど、いろんなところで職人魂を発揮して、こだわってくる。最後のほうは、自分の仕事をブラックボックス化して、他の人が手を出そうとしたら、犬のごとく吠え立てていた。  

ごみ屋なのに。  

何年か前まで、私が永久幹事として忘年会をやっていた。ゴミの中からでてきた切手やテレホンカードなどをみんなから回収して、1年ためて飲み代の足しにしていた。忘年会の翌日、小竹さんがすごく怒っていた。いや、何で怒っているのかと思って、それとなく聞いてみると、なんと、
「みんな2次会に行って、誰も俺を誘わなかったから」 
だという。そもそも2次会なんてなかったのに。仲のいいもの同志がその後キャバクラにでも行くというのはあったかもしれないが、そんなものは個人の自由だろう。びっくりしちゃって、この世界には、これほど妄想癖があって自分勝手で頭の足りない3拍子そろった人間がいるのかと思った。  
私は怖くなって、忘年会永久幹事を返上した。その後、2年ぐらいは社長の息子が忘年会の幹事をやっていたが、ここ何年かはうちの会社に忘年会はなくなった。  


小竹さんが辞める時。最年末に今年も仕事ご苦労さん、来年もよろしく、みたいな社長の挨拶が終わったときに、小竹さんはみんなの前で、来年の1月いっぱいで辞めるなんて突然発表した。  

いや、そういうのは社長と二人で話し合ってもらえますかみたいな。
  
小竹さんにしてみれば、自分が辞めるといえば、仕事もブラックボックス化しているし、みんな土下座して、「小竹さん、辞めないで」なんていう妄想でもあったのではないか。もちろんそんなドラマが実現するはずもなく、小竹さんはそのまま退職した。


【鈴木クマモー】


クマモーは44歳、身長170センチ体重90キロのゆっくりもっさりタイプ。去年の年末で会社を辞めちゃって、1年いなかったな。クマモーには内縁の年上妻がいて、中学2年の娘がいるという。  

底辺会社というのは、未婚率が異常に高い。60歳以上の人は、婚姻率がそれなりなのだけれど、50歳以下の男性の未婚率というのは普通じゃないよ。 
 ところが、クマモーは内縁とはいえ奥さんがいて、中学二年の娘までいるという。ここは詳しく聞いてみたいところだ。  
クマモーの奇妙な話の断片を、私なりに時系列にそって秩序付ければ、このようになるだろうか。  

クマモーは母子家庭だったのだけれど、クマモーが30歳の時、同居していた母親の愛人と喧嘩して、実家を飛び出したという。派遣の仕事をしながら、当時付き合っていた彼女とホテルを泊まり歩いた。そのうち、彼女は妊娠して、彼女の家に転がり込む。その家には、彼女の子供である10歳の双子の女の子たちと、旦那だと思われる男の人がいたという。ここは奇妙なところで、旦那がだよ、妻の間男を一つの家に引き受けるっていうのはないよ。クマモーにこの部分を突っ込んだところ、 

「あの人たちは、いい人たちだったっす」 

ということだった。  
何年かたって、旦那なる人物は死んで、クマモー一家は、クマモーと内縁の妻と、25歳の双子の女性と、中学2年のむすめの5人家族になった さらにクマモーが言うには、家でクマモーは、奥さんの遠い親戚のオジサンということになっている。中学2年の娘が高校生になったら、君の父親はクマモーだよと告白しようと、内縁の奥さんと相談しているらしい。可能性としての真実は2つあるだろう。クマモーの言っていることがだいたい正しいというのと、クマモーの言っていることは嘘で、クマモーの内縁の妻といっているのはただ単にクマモーの親戚のおばさんに過ぎないというのと。  

虚栄を張る人というのはよくいるよ。パチンコや競馬でいつも勝っているなんていう報告をしてくれる。つまらない人生を膨らませる必要というのは誰にでもある程度はあるだろう。しかし、クマモーのように未婚なのに、内縁の妻がいて娘までいるというでは、膨らませすぎではないか。人間存在まで創作しているわけだから。  

クマモーが会社にいる間は、奥さんや娘の話を聞くから、私のクマモー物語はそのつど補強される。しかし、クマモーがいなくなってクマモー物語が補強されなくなってくると、あれは嘘だったということになるよ。手入れされない家は生活感が失われてくるみたいに。  

架空の人間まで創作しなくてはいけないクマモーの人生。私なんかに嘘までつかなくてもよかったのに。


【派遣社員】


底辺会社も突発の仕事が入ると、派遣をつかう。引越し系派遣と呼ばれるもので、指示に従って動くことだけを要求される。だいたい食い詰めたような50歳以上のオヤジが多い。うちの会社が使う派遣会社の日給は都内にもかかわらず、7310円だという。これは最低賃金を下回っていると思うけれど。  

この底辺派遣というのはたいへんだよ。1日7310円というだけで、昇給というものはない。関東一円に送り込まれて、日々違う現場に行く。社会保障というものはない。  
若い人がスポットでこのような派遣に登録して稼ぐ、というのなら問題ないのだけれど、底辺派遣のメイン層というのは、50代60代の派遣が定職というようなオヤジたちだ。  
このオヤジたちはまさに日本の底辺だ。うちに定期的に来る派遣オヤジの話によると、派遣仲間にはコンビに強盗で捕まるやつがけっこういるという。ここ5年で3人いたらしい。普通の人はコンビニ強盗はしない。私の直接知っている限りの人でコンビに強盗をした人はいない。ところが派遣仲間の3人もコンビニ強盗で捕まったという。どういうことなのか聞いてみた。
このように派遣のやつは言っていた。  

「簡単に考えるんだよ。コンビニがある、お金がある、奪うみたいなもんだよ」  

派遣仲間の間では、出来るだけおとなしくするというのが鉄則らしい。生活保護を貰いながら派遣をやっているパターンも多いから、生意気なヤツだとすぐ区役所にちくるようなやつが現れる。しかし、生活保護を貰っているかどうか他人が判断できるものなのか? 派遣のオヤジの話によると、  

「そりゃあ分かるよ。あいつ先月、今月、何日も働いてないのに生活できるということは、まあそれは生活保護ということだよ」  

そういうことらしい。 
 最低限の小市民的な生活からこぼれ落ちたり、自ら拒否したりすると、このような派遣生活になるわけだ。50になってあの派遣生活はかなりきついと思う。それは自分のアパートに夜帰っても真っ暗で、電灯のスイッチを毎日手探りする生活だろう。悪いとは思わないけれど、覚悟のいる生活だとは思う。


【まとめ】


ここ20年で底辺会社の印象に残った人たち6人を描写してみた。底辺において、この人たちは特別特殊というわけではない。総じて言えるのは、みんな結構自由だということだ。仕事は勝手にやって、お金はあるだけ使って、言うべきことではなく言いたいことを言う。
彼らは学校教育で何を学んだのか? 
読み書き以外何も学んでいないというべきだろう。そもそも学校教育からは、誰も何も学ばない。私たちが学んだような気になるのは、時がたつにつれて同じようなレベルの人間が集められるからだ。

私が思うのは、学校教育とは教育のシステムではなく、選別のシステムだということ。例えば、学校で数学は教えるけれども、数学的な考えというものは教えない。数学についていけない生徒は、理系という枠から排除される。学校教育では、全てがこの調子だろう。合理的思考法が出来る人間がいれば、将来の社会に有用たる人材となるよう上位の大学にプールする。合理的思考法が出来ない人間は、早めに社会にばらまく。これは教育ではなくて選別。  
このクールさはどこから来ているのかというと、学校システムが、人間の思考法にまで手を突っ込むことが出来ないということからだろう。これはこの世界の、やさしさであり甘さだろう。  

私は今から考えると、子供のころ発達障害だったと思う。いま底辺会社とはいえ普通にやっていけているのは、救われたからだ。学校教育に救われたのではなく、文学に救われた。この世界の優しさゆえに、文学という一筋の血路が私にとって存在したからだ。  
この民主主義の世界は残酷だけれどやさしい。このやさしさに甘えるのではなく、このやさしさを大事にしていったらいいのではないかと思う。  
この世界が崩れ去れば、次は人間の思考法にまで手を突っ込む社会がたち現れてくるだろう。

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今、留学実習生などの外国人労働者っていうのが話題になっているけど、実際彼らはどんな人たちなのかっていう話。

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日本に来てこき使われて挙句の果てに死んだりして可哀そうみたいなことになっているけれど、私が知っている外国人労働者たちはかなりタフ。民族性なのか個人の資質なのか知らないけれど、彼らは日本の底辺労働者とはテンションが違う。

巨大研究開発工場で清掃の仕事をしているスリランカ人がいる。名前はサンカ。本当の名前はもっとグダグダ長いのだけれど、あんなのとても覚えられない。年は40歳ぐらいかな、もの凄いフレンドリー。

うちの会社はゴミ屋だから、サンカはよくゴミを捨てにくる。ゴミを持って私に近づいてきて、フレンドリー炸裂。だいたい以下のような感じ。

「magaminさん、プレゼント。ジャイアンツ、ビクトリー」
「サンカさん、ゴミ、ノーサンキュー。スリランカにベースボールあるの?」
「ベースボールないけど、クリケットあるよ」
「ファッツ クリケット?」
「ボール、投げる。打つ。一回の表裏やっておしまい」
「スピディーにエンド?」
「ノー、ノー。一日かけてやる。何十点も点数はいる。ゲームの間にティータイムある」
「よくわかんないね、クリケット」
「イエース、クリケッート」

ホントにテンション高め。最後のクリケッートのところでは、意味なく互いにハイタッチとかしてるから。私も変な外人のテンションに負けてられないし。

今年の夏は暑かった。あれってインドとかと比べてどうなんだろう?

「サンカさーん、ジャパニーズサマー、ホット?」
「ベリーホットね。スリランカよりホットね。ダブルファックよ」
「サンカさん、ジャパニーズサマー、インドサマー、どっちホット?」
「同じぐらいね。でもインド、暑いうえに臭いね。あいつらね、なんでもガンジスに流しちゃうんだ、だから臭いんだ」

スリランカ人は、どうやらインドが嫌いみたいですよ。日本人に中国嫌いがよくいるみたいなものでしょうか

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結論から言うと、中年孤独死みたいなことになる。底辺未婚労働者が80歳まで生きて病院で死ねると思ったら大間違いだ。統計的に、未婚男性は既婚男性より平均寿命が10歳近く短い。

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【実際の話】

死んでいった同僚の話でもしようか。

清野さんていう運転手がいた。これがある日突然来なくなった。翌日、社長に声をかけられて、
「m君、一緒に清野さんのアパートまで行ってくれないか」
という。実は半年ほど前に、同じ無断欠勤のパターンで社長が見に行ったら死んでいたっていうのがあって、社長もビビったんだろう。

見に行ったら、清野さん、生きてたよ。

部屋に鍵がかかってないので入ったら、ふとんの中で寝てた。話を聞いたら、パチンコをして帰ろうと思ったらすっころんで足をしこたま打ったんだって。足が痛くて動けないから、そのまま寝てたんだって。

ちょっと考えられます?
【この部分にお好きな文章を入力してください。】

清野さんの足を見たらすごい腫れてるから、救急車を呼んだ。後は社長に任せて私はそこで帰った。
社長によると、清野さんは筋かなんかが切れていたらしく、それでも包帯して松葉づえをついて自分のアパートに戻ったらしい。
翌日は会社なんてこれない。清野さん、早く治ればいいね、なんて会社のみんなで言っていた。一週間たって社長がアパートに様子を見に行ったら、清野さんは死んでいたという。

社長は清野さんの死因なんていうのは言わないのだけれど、たぶん自殺じゃないかと思う。何故かというと、清野さんは社会保障に入っていなかったから。フルタイムで働いて社会保障に入らないなんてありえないと思うかもしれないけど、7.8年前まではよくあった。社会保障に入らないと会社は得だし、社員も目先の手取りが増える。
健康保険がないから病院に行っても実費だし、足が悪いから仕事もできないしで、この世界が嫌になったんじゃないかな。真相は分からないのだけれど。

最近人手不足とか言われるけれども、これって底辺で働く人材の不足。30年前の大学進学率は35%だったけど、今60%だよ。大学出てまでトラックの運転手になろうなんていうヤツはいないだろう? あと底辺で働いている奴は子孫を残せない。そもそもが結婚できないから。職業選択の自由だとか言っても、医者の息子は医者になるし、会計士の息子は会計士になりがちだ。これからすると底辺会社の従業員の子供は底辺会社へという事になるだろうが、子供がいないんだから話にならん。

両親が死んでいて妻も子供もいない足を怪我して健康保険もない50男をイメージしてほしい。闇が心を掘り崩すということはあり得ると思う。

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丸一年北海道美瑛町の肉牛牧場で働いた経験から言うと、

牧場の仕事はきついです。

人間関係はいい人たちばかりだから問題ないのですが、給料は北海道の最低賃金ですし、仕事内容はかなりの力仕事です。
男性は特にきついところに回されがちですから、男性の場合、平均以上の体力がないと長くはもたないです。

一生続けていくなんて考えにくい仕事ですが、若い時に時間を限って働いてみるというのはありです。大きい牧場なら若い女性もたくさん働いていたりしますから、青春の思い出作りにはなります。

実際にどんな感じなのか、私の体験を書いていきたいと思います。

「白金温泉」の画像検索結果



【北海道の夏と冬】



北海道の夏は涼しかった。7月には草原に大量の赤とんぼが飛んでいて、                         

「もう秋?」
                                                               という感じだった。

草原というのはたとえではなく本当の草原

うちの牧場は美瑛のあちこちに牧草畑を所有していて、夏になるとその牧草を回収しに行く。牧草といっても見た目はただの草。その草をロールべーラーで丸めて、トラックで回収して回る。

私はショベルでトラックにロールを乗せるのをやらせてもらった。トラックも30分に一回ぐらいしか来ない。巨大な牧草畑のど真ん中で、ひとりぽつねんとして赤とんぼを眺めていた。                  

北海道の冬はクソ寒かった。

日中でも氷点下だから、一度降った雪は春まで融けない。樹氷?というのも見たけど、別にキレイだとも思わない。これだけ寒いと木も凍るよねと思っただけ。

冬に牧場の外をショベルで走っていたら吹雪になった。3メートルぐらい先が見えない。世界は真っ白。ショベルも裸ショベルですごく寒い。逃げ出そうかと思ったのだけれど、逃げるところなんてない。何とかショベルで20分ぐらい走って牧場にたどり着いた。                                                    

人生には逃げ出すことのできない場面というのがあるんだな、と思った。


【奇妙な人】



美瑛の牧場にも奇妙な人というのは一定数いた。


その筆頭はやはりあののオジサンだろう。

私が牧場で働き始めて半年ぐらいたった時、40歳ぐらいのオジサンが牧場に新しく入って来た。
身長は165センチぐらいのすんくりむっくりの体型で、目はどんよりしていて性格もかなり気の弱いような感じだった。

これだけだと普通のダメオヤジが来た、というだけなのだが、なんとこのオヤジが小学4年生の女の子を連れていた。さらにこの女の子、将来はかなりの美人になるのではないかと予感させるような顔つきで、礼儀正しく性格は控えめ。牧場には従業員のための食事つきの寮があって私もこの親子もここで生活していたのだが、この女の子は食事の後お父さんの夜食のために大きいおにぎりを3つほど握っていた。

牧場の社長には小学5年の孫娘がいて、孫娘と女の子はすぐ仲良しになったみたい。牧場には社長の飼い犬がいて、よく2人と一匹で遊んでいた。この犬には自分の犬小屋の上に登って降りられなくなるという特技があって、2人で我が家の上で遭難した犬をよく助けてあげていた。

3ヶ月くらいたって、この親子は突然いなくなった。牧場って楽な仕事ではないから、人が突然やめるということはある。しかし一人者なら話も簡単なのだが、親子2人で日本の辺境をさすらうというのはありえるのだろうかと思って。


【チンピラカップル】



秋だったかな。ちょっとオラついた二十歳ぐらいのチンピラカップルが牧場にやってきた

男の方は最初やけに私を睨むんだよ。後で聞いたところによると、これはチンピラの挨拶みたいなものらしい。私とチンピラ男とはすぐ仲良くなって、あいつ
                                                             「mさんって、最初はいやな感じのやつだとおもったんっすけど、じっさいはそうでもないっすね」

みたいなことをなれなれしく言っていた。                                                                                                                

「いっしょにいるの、あれ彼女?」                                                 「かわいいっしょ」                                                          「なに、どうやって知り合ったの?」                                                「東京の百貨店の階段で座っていたのをナンパしたんっす」                                                                                                     

階段に座っていたのをナンパしたというのはリアル、今でもはっきり覚えている。
たいしたものだよね。カワイイと思った女の子をナンパして、仲良くなって北海道まで引っ張ってくるんだから。
                                                                                      うちの牧場に、柴田という独身のベテラン40男がいた。母親と二人暮らしで、母親は牧場の寮のまかないの仕事をしていた。こいつは何かにつけて威張るいやなやつだった。柴田がチンピラカップルをうらやましそうに見ている。そして、
                                                                 「オイお前、夜はお楽しみなのか?」
                                               とか言っちゃうんだよね。私は、人間こうはなりたくないと思った。お前も若いころに階段に座っている女の子をナンパすればよかったのに、

ああでも残念もう手遅れだけどね、

と思った。                                                                                              

かっこつけすぎるとろくなことがない


【インパクトのあった村岡さん】


牧場で一番インパクトのあった人っていうのは、やっぱり村岡さんだね。

村岡さんは私より3ヶ月ほど後に牧場にやってきた。年は30歳ぐらいか。顔がすごく大きくて、目鼻立ちがはっきりしていて、髪型がリーゼントという。目力がすごくて、おまえ魁!男塾かよっていう第一印象だった。
人間としてはすごくいい人だった。情に厚くて思いやりがあって、でもちょっと暑苦しい感じではあった。                                       

牧場の人とはよくカラオケに行った。今はどうなのかよく分からないのだけれど、20年前、特に美瑛では若い男女が手軽にきゃいきゃいできるのはカラオケぐらいしかなかった。

今考えてみると、彼氏彼女のいる人は歌を歌うのだけれど、いない人は恋愛トークみたいなことだったのだろう。私は結婚しているのでブルーハーツを歌い、村岡さんはナンパトークに勤しむというパターンだった。
                                                                                                   私は正直、村岡さんは彼女をつくるのは難しいのではないかと思っていた。20年前、1995年当時というのは男女関係の変わり目の時代で、男が前、女が後ろという昭和的な型にはまった男女関係が崩れ始めて少したった時だった。                                                                                                                                  

冬だったかなー。村岡さんが私の隣に来て、                                       

「俺、付き合うことになったんだ」                                                 

と言うんだよね。
                                                         「誰と?」                                                              「あいつだよ」                                                            

村岡さんは、女の子たちの中で一番地味な子を私に目配せする。
男と女は時代的な条件を超えて求め合うのだと思ったよ。村岡さんと一番地味な地味な女の子は、そのあと隣あって、村岡さんが何か喋ると女の子がうつむきながらうなずくという、そんなシチュエーションを繰り返していた。
                                                                                             「俺がおまえを守るから」
「うん」                                                                                                                                  

こんな愛のささやきだったのかな。                                                                                                                

お互いがお互いの胸を掘り崩した
                                                 こういうのも悪くないよね。


【私は川崎に彼女を置いて美瑛に来ていた】


美瑛では自宅の周りの草を夏場に一回刈らなくてはいけないというルールがあった。自宅の周りと言ったって、北海道の牧場となると、それは莫大だ。私一人が専属で、10日ぐらいずっと草刈をしていたことがあった。

想像してみて。北の大地で何日も肩掛けタイプのあの草刈機で草を刈る。                                                                                          

そんな夏のある日、私の彼女が川崎から美瑛に遊びに来た。牧場を休んで、二人で近くの温泉に行った。

白金温泉というところだったと思うんだけど。泊まったのはやけに寂れた温泉宿で、やっぱり二人は若くてあまりお金がなかったのかな。
                                                                                             まあでも、新婚夫婦には温泉宿のグレードなんてのはたいしたことではない。愛を語って、やることをやってだね、幸せな眠りにつくだけだ。気持ちよく寝たのだろう、

そして私は夢を見た。
                                                                                         北の大地に草原がある。風が吹いて、草がざわざわとゆれるんだよね。ここまでは普通なんだけど、その後何かが私の心臓をぐっとつかんで、瞬間私は草を刈らなくてはいけないと気がついてしまった。

私はなんてバカなんだ、

ぼんやりと草が風になびくのを眺めていたなんて、私のやるべきことは草を刈ることだろうみたいな。

私は布団を跳ね除けて、廊下への扉を開けたときに、ここは草原ではないということに気がついた。おずおずと妻のいる布団に再びもぐりこんだ。
                                                                                                                 あれから20年たった。子供も4人生まれた。上の男の子は19歳になる。妻にはいまだに、              

「お父さん、草刈らなきゃ!! って言いながら廊下に飛び出したんだよ」
                        
と言われるんだよね。ニヤニヤしながらいきなりこれを言う。北海道と言う単語が出るたびに、            

「そういえば、北海道でおとうさんは草刈らなきゃ!! って言いながら廊下に飛び出したんだよ」            

初めてこれを聞いた子供は、                                                 

「何でお父さんは草を刈るの?」                                                「何でお父さんは廊下に飛び出すの?」                                             

と尋ねる。うーん、何でだろうね。
                                                                                                                 いやほんとにごめんなさい。私があなたを置いて北海道に行ってしまったのは、全く私が悪かったです。またあの温泉に、あの牧場にみんなで行きましょう。


【最後、牧場の労働条件について】

                                                これは最低だったね。

私の勤めていた牧場は、日給が5000円の日給月給で、労働時間は朝の7時から夜の6時まで、途中1時間半の昼休みがあった。実働9時間半だ。おそらくこの時点で、20年前の北海道最低賃金は下回っていただろう。さらにこれに、朝20分程度のサービス早出労働推奨と、夜の6時から20分程度のミーティングが加わる。正直実働は一日10時間越だ。
                                               あと休日なんだけれど、これがないんだよね。祝日とか日曜日は存在しない。ただ日曜日だけは午前の10時から午後の4時まで拡大版昼休みが存在した。一日休みたい人は事前に報告するんだけど、これも1ヶ月に2日以内という暗黙の了解があった。
                                                     産業革命時のイギリスの労働者ももうちょっとマシだろうというレベルだ。ここで1年持てばよそでは10年もつといわれたけれど、それはそうだろう。そんな言説は自慢にならないよ。
                            
今になって思うのは、北海道の牧場というのは、自分探しをする若者の労働力を搾取する場所だということ。そして経営者が儲かっているかといえば、別にそういうわけでもない。社長自身が年中無休一日10時間労働だったから。
                                                                      あれから20年たって北海道の労働条件もかなり変わったと思う。ただ首都圏に比べれば労働が安くてきついのは変わりがないだろう。実際に1年間牧場で働いた人間としては、あえて北海道で働くということは推奨できない。確かに北の大地で精神が鍛えられるということある。だけど精神鍛錬なんてどこでだってできるから。


底辺会社で働く人というのは結婚がしにくいのだけれど、うちの会社の場合、自分の会社で働く社長の息子すら結婚していない。ちなみに現在45歳だ。
これまずいでしょ。取引先の信用とかにも関わってくるからね。



何で結婚しないのかって、こいつに聞いたことあるんだよね。さしで飲みながら、おだてて飲ませておだててみたいな感じで。

彼の告白というのが、まあ昔恋人はいたというので始まる。
二十歳ぐらいの時に、その恋人と二人でバイクでツーリングに行ったというんだよね。事故で彼女は死んで、彼はひとりで戻ってきたという。

後細かいことをいろいろ喋っていたけど、いろんな意味で絶句。こんな辛気臭い昔話なんて催促しなきゃよかったと思った。
昨日今日の話なら同情もするけど、だいたいさー、20年も前の話なんだよ。正直、お前いったいいつまで昔のことを、みたいなことを思った。

「アンドロイドは羊の夢を見るか?」という小説があったけれど、「君は彼女の夢を見るか?」だな。真夜中に死んだ彼女の夢を見て、朝起きたら夢のことは忘れているのだけれど、こめかみに涙の後だけ残っている、なんていうこともあるような勢いだ。

残された者のひけめというのも分からないではないけれど、これから会社をまとめていかなくてはならない、心を強くして生きていかなくてはならない者が、20年も前に死んだ恋人に操をささげているというのでは関係者としては心許ない。
喪失感って言うの? 村上春樹ばりの。でもここはセンシティブな上流階級のサロンではない。殺伐とした底辺世界なんだよ。場違いにもほどがあるだろう。喋らせた私も悪いのだけれど。

底辺会社の二代目三代目というのはこの程度です。

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結論として、余裕。ブルーカラーは基本的に頭を使わなくてもすむ。


小学校や中学校に頭の弱いヤツっていたでしょう。障碍者っていうほどじゃないんだけど、やっぱりちょっとおかしいみたいな。高校や大学に行ったらそんなヤツはいなくなるんだけど、そういえばあのとろいヤツらどうしてるんだろうって思ったことないですか? 
元気にしてますよ、底辺会社で。

何年か前にフォークリフトの免許を取りに行ったのです。フォークリフトの免許って簡単に取れます。3日ほど講習を受けて4日目に筆記と実技の試験です。こんなものに落ちる奴はいないのです。会社だってお金を払って社員に免許を取ってきてもらうのだから確実にとって来てもらいたいし、その辺は免許を発行する側も分かっています。

この筆記試験に2回落ちたヤツがいました。
筆記試験は朝一で受けて、そのあと実技の試験を受けながら筆記に落ちたヤツは実技の試験中にお呼びがかかり再試験という流れです。
これね、再試験も初めの試験と同じ問題が出るんですよ。だから普通は再試験で受かるでしょう。この再試験に落ちたヤツが同じクラスの中にいました。

そいつは、しょんぼり実技会場に戻ってきたので、私は、
「どうしたの? 体調でも悪いの?」
と聞いたら、そいつは、
「また落ちた」
というのです。

みんなバラバラのところからフォークリフトの免許を取りに来ているのですが、3日もたてば互いに喋るぐらいにはなります。

「実は俺さー漢字が読めないんだよね。中学しか出てないから、漢字が読めないんだよね」
「え??」

その会話をを聞いていた同じ実技グループのヤツが立ち上がって、
「みんな集合ー」
と言いました。10人ぐらいかな、みんな集まってきたら、そいつは、
「彼さー、筆記を2回も落ちたんだって。同じ問題が出るらしいから、みんなで問題と答えを思い出してあげようよ」
と言ったのです。
フォークリフト免許の筆記試験というのは4択の選択問題です。これをみんなで思い出して、答えだけ紙に書いて、とにかくこれを覚えろ、みたいな感じで手渡しました。

助け合いというわけでもないですが、底辺といえども無意味な足の引っ張り合いというのはないですよ。見たことないですね。
小学校や中学校で、こんなにトロくて大丈夫かなんて思われていたヤツも、たぶんきっと日本のどこかで何とかやっていっていると思います。

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底辺とはどのような場所なのかを、実体験をもとに語っていこう。

私はトラックの運転手をしているのだけれど、周りを見渡してみても肉体労働系の中小企業というのは、だいたい年収は年齢に関係なく300万から350万ぐらい。首都圏でね。
肉体労働だから出世もないしノルマもないし、楽と言えば楽。収入も低いから、30歳までに結婚しないと、そのままずっと一人。20年底辺会社で働いているけれど、周りで「今度、僕、結婚しました」なんていうの、聞いたことない。独身貴族?だから、これも楽と言えば楽。

これ最後どうなるのかというと、孤独死みたいなことになる。
実例を挙げてみようか。
佐伯さんは56.7歳だったかな、独り者。お腹が痛いって仕事を途中で帰ったんだよね。翌日、仕事に来ない。連絡もない。無断欠勤という事になるんだけれど、底辺会社だけあってその辺はルーズ。昨日お腹が痛いとか言ってたから今日は休みなんでしょ、みたいな感じ。
そしてその次の日も来ない。佐伯さんどうしたのかなー。
さらに翌日になるとさすがにおかしいということで、家が近くのヤツ、仕事帰りにちょっと見に行ってみろ、という事になった。見に行ったところ、これが私なのだけれど、チャイムを鳴らしてもリアクションなし、アパートの扉に鍵がかかっている。
「いなかったよ、佐伯さん」
翌日、社長に報告した。入院でもしてるんじゃないの?ということになった。

一週間ぐらいたって何の音さたもないから、さすがにおかしいという事で、社長が佐伯さんの部屋の大家のところに行って部屋の鍵を開けてもらったところ、佐伯さんはふとんの中で丸まって死んでいたという。

これね、葬式とかもないんだよ。佐伯さんのお兄さんという人が、会社に佐伯さんの給料と荷物を取りに来て終わり。
親も死んで妻も子供もいないというのでは葬式すらもない、働いていたとしてもただいなくなって終わりという、すごいあっさりした感じなる。

うちの会社、従業員が10人ぐらいしかいないのに、20年でこんな感じで二人死んでいる。労災ってわけじゃない、自然死。かたや20年で誰も結婚していないのだから、日本の底辺会社は人手不足になるわけだって思う。

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底辺の職業ランキングトップとは?
結論から言うと「梱包」だね。

遐よ凾險�, 縺ッ縺九↑縺�, 繝溘ラ繝ォ繧ッ繝ゥ繧ケ, 蠎戊セコ螻、, 遉セ莨夊。ー騾€, 譎る俣, 繧ッ繝ュ繝・け
【梱包という職種とは?】

職業別未婚率で、運輸とか清掃とかは男性の生涯未婚率は6割ぐらいなのだけれど、梱包という職種は8割をたたき出している。ではこの「梱包」とは何か。

梱包というのは引っ越し、設営、工場内ピッキングなどに送り込まれる派遣従業員のことだ。こいつらのレベルは低いよ。
底辺会社の従業員と言っても、週5なら週5で朝の8時には会社に行かなくてはならない。しかしこれすらもできない、正確に言うとできたりできなかったりするなんていう人の最後にたどり着く職種が梱包だ。

私は思うのだけれど、最近よく自分は発達障害っぽいから就職とかできない、起業して頑張りたいなんていう若者がいるけれど、あまりお勧めは出来ない。親が金持ちだとか、弁護士や会計士の資格を持っているとか、アンダーグラウンドの世界で生きていく才覚があるとか、というのなら別だけど、多少の発達障害なら我慢して就職した方がいい。給料は安いけど精神的にゆるい会社というのは結構あるよ。

引っ越し派遣の人材とはどのようなものか。以下の会話で世界観を感じてほしい。

「平井さん、今日は来てくれたんですか」
「そうなんだよ。呼ばれちゃったんだよ」

平井さんというのは引っ越し派遣人材の班長格の人。同じ場所に送り込まれた5人なら5人の派遣人材のまとめ役みたいな人。

「あれ? 今日はあの、いつもニコニコしているおじさん、来てないんですか」
「あいつなら捕まったよ」
「え?? 何をしたんですか」
「コンビニ強盗」
「なんすかコンビニ強盗って。なんでコンビニ強盗とかしちゃうんですか」
「mさん、簡単だよ。お金がない、コンビニがある、お金を盗る。簡単に考えるんだよ」

この引っ越し派遣職種ではグループを組むのが大事だという。一匹狼みたいになっちゃうと、とんでもない会社に単独連発で送り込まれたりするから。グループに入るためには目立たないようにするのがコツなんだって。
どうりでみんな死んだ目をしているはずだと思った。

この引っ越し派遣の値段の相場というのは、首都圏で会社側は派遣会社に一日一人16000円払って、派遣本人は一日8000円プラス交通費。

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