【検索上位を取る方法とは】
【検索上位を取る意味とは】
【検索上位を取って得るものとは】
【検索上位を取ってどうするか】

【検索上位を取る方法とは】
マイナーなワードの組み合わせを狙えば検索上位を狙えます。
例えば、私のこのブログ内記事で検索上位を取っているワードは、
「福沢諭吉 惑溺」
です。
「福沢諭吉 惑溺」で検索すると、このブログの記事が2位に表示されています。
福澤諭吉の惑溺という概念はちょっと難しくて、夢というのは夢の中ではそれが夢であるとはわからないものなのですが、夢を惑溺と言い換えると、では惑溺か惑溺ではないかはどのように判断するべきか? のような話になってきます。
この辺を福沢は、江戸時代は夢、明治に入って日本人は夢から覚めた、みたいな論理構成で「惑溺」を説明しています。夢から覚めてもまだ夢を見ている、という可能性もあるのですが、このあたりは、二つの世界を比べてみて、より合理性のあいまいな方が惑溺だ、と福沢は考えています。
とまあこのように、思いつくまま気の向くまま、福沢諭吉の惑溺について書いてみたのですが、福沢が惑溺という言葉を使っているというのは、かなり福沢を読んでいないと知らないことです。ですから、「福沢諭吉 惑溺」と検索するような人は多くいるはずもなく、「福沢諭吉 惑溺」というワードはかなりマイナーという事になるでしょう。
【検索上位を取る意味とは】
マイナーなワードでも、日本人は12000万もいるわけですから、いつかどこかで検索されるということはあります。
実際に「福沢諭吉 惑溺」で検索して私のブログに来る人は、一週間に一人ぐらいいます。
少ないですね。日本人は福沢諭吉の惑溺にはほとんど関心がないみたいです。福沢は一万円札の肖像なんですけどね。
福沢関連のアフィリも張っていたりするのですが、全くヒットしません。それはそうでしょう。ある程度、福沢諭吉を知っている人しか「福沢諭吉 惑溺」を検索しないわけで、そのような人が、今さら福沢の「学問ノススメ」とか、ネットで買ったりしないですよね。
マイナーなワードで検索上位をとっても、正直、たいした意味はないということになります。
【検索上位を取って得るものとは】
心の満足、みたいなものが得られそうに思われるかもしれませんが、全然そんなことないです。
逆に申し訳ないですね。
せっかく志高く「福沢諭吉 惑溺」を検索したのに、私のそのブログ記事を読んだのでは、ちょっと時間の無駄かもしれないからです。
私、福沢についてはいっぱい書いているのです。ある意味、福沢ファンです。私のメインの福沢記事を読んでくれたら、それなりに福沢について知ることもできるでしょうが、「福沢諭吉 惑溺」の記事だけ読んでも、たいして意味があるとも思えないです。
【検索上位を取ってどうするか】
どうするかって言ったって、どうもしないです。記事を削除するほどのこともないでしょうから。ただ私の覚書みたいになっているだけです。
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