magaminの雑記ブログ

カテゴリ: 未婚社会

【40歳男で結婚していないというのはどういうことなのか】

性欲がない、ということはありえるだろうけれど、これは病気だ。うつ病かなにかだろう。

あと男が好きというのもある。
この場合はしょうがない。独自の道を歩んでいってほしい。

もっと女の子と遊びたいからという理由。
こういう男はけっこう多い。女性はこの手の男に気を付けて。

残りの40代未婚男性は女性にもてなかった結果、ということになるだろう。


【モテなかった男はなぜモテなかったのか】
無題
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普通に考えてしまうと、まあ理想が高かったということになるだろうが、私はこれ、ちょっと違うと思う。では妥協すれば結婚できたのかというと、そういうわけでもないだろう。

結局どういうことなのか?

彼らには付き合った女性がいたとして、この女性にたいして、
「浮気はしてほしくない」
とか
「子供が生まれたら、子供の面倒はみてほしい」
とか思わなかっただろうか? 

そんなの当たり前じゃん、と思うかもしれないが、じつはこれ、当たり前ではない。

「浮気は不倫である」というメンタリティーは、一夫一妻制を前提にしている。一夫一妻制とは、江戸時代における武士の結婚制度であって、庶民は夜ばい婚とでもいうべき多夫多妻制度だった。
明治維新以降、明治政府は国民に教育勅語を押し付け、一夫一妻制を強制しようとするが、なかなか根付かなかった。
一夫一妻制が当たり前とされたのは、戦争による強制と、戦後の啓蒙教育によってだ。

「浮気は不倫である」という考えを受け入れた集団では、男女間の流動性が悪くなってしまう。その結果、モテない男のところには女性が回ってこないということになる。

モテない男の原因は、能力もないのに女性を縛ろうとするところにある。一夫一妻制の中産階級イデオロギーにしがみつきすぎだ。

ゆるく考えても生きていける。

「浮気は不倫」とか、
浮気をする女性のほうがオープンマインドでやって楽しいというのもある。
「女性は若いほうがいい」とか、
熟女の良さを知らんのかといいたい。エロ用語検索ランキングで「熟女」は断トツだ。


一夫一妻制の中産階級イデオロギーで家族を形成できる人はそのままでいいけれど、中産階級下層では、世代を継続することはできないだろう。世代が二回転もすれば、日本から中産階級下層は消滅するだろう。


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未婚男性が最後どうなるかというと、結論から言えば、孤独死みたいなことになる。

私の職場というのは社会の底辺みたいな感じのところで、50歳を過ぎても独身という男が昔から一定数いた。

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【未婚男性の最期】


小さい会社なのだけれど、この二十年の間に二人死んでいる。無断欠勤するから家に呼びに行ったら死んでいたというのが2回あった。どちらも独身のおじさんだった。
 

葬式とかはない。兄弟という人が来て、骨を焼いて持ち帰るだけだよ。きわめてあっさりしたものであって、人が死んだら葬式をするというは、当たり前ではないというのを知った。
これは10年ぐらい前の話で、60才になって独身男というのは、当時まだ少なかった。これが現在生涯未婚率は25%、30%に向けて上昇中だという。

若いうちはいいんだよ。しかし、50、60になると親も死んでくるからね。

気楽に遊んでの独身で死ぬのだからしょうがないんじゃないの、なんて職場では話される。働いているから、そのつながりで死んで1週間程度で発見してもらえるけれど、本当にそれだけ。他にどうしようもない。 

男って女に比べて精神的に弱いから、高齢独身の孤独って、なかなか男には耐え難いのではないかと思う。
 



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男の未婚という問題は、日本の中産階級の没落の結果でしょう。


無題


時代にも惰性というのはありまして、現状は上記の赤インの状態にありながら、実際の需要は青ラインのような二こぶ状態にあるということが推測できます。

現在日本の中産階級は、左の貧しい大きな山に移行するか、右の豊かな小さな山に移行するかの選択に迫られているということになるでしょう。現状において左の山に移行してしまうと、男の場合、女性を囲うことができなくなり、ただちに未婚という再生産不可能性の状況に転落してしまうことになります。

左の山に入っても半分の男は結婚できるのでは? と思われるかもしれませんが、五割の再生産レベルでは世代が三回転もすると9割が消滅してしまいます。

生き残りをかけで、現代日本では熾烈な言論闘争が行われています。政治的主張別にそれぞれの言論の根拠を推測していきましょう。






1 左翼リベラルの場合


彼らは失われつつある中産階級を再興しようともがいているのでしょう。自分が右の豊かな山に移行するのを潔しとしないと同時に、左の貧しい山に移行するのを恐れているのです。


2 ネット右翼の場合


ネット右翼には中小企業の経営者が多いと言われています。彼らはあくの強い守銭奴だと考えられがちなのですが、従業員の生活の維持にも責任を感じています。彼らの命である自分の会社の継続は、従業員の生活維持の延長線上にあるということを理解しています。
中小企業に未婚男性が多いという事実は、労働者再生産の不可能性の証明であり、自分の会社の継続不可能性の証明なのです。
この大きな継続不可能性の解消の方法として、一部の中小企業経営者は国家のより強固な一体性を期待するようになっているでしょう。


3 意識高い系の場合


彼らはとにかく右の富裕の山にたどり着こうとする人たちです。このような人は新自由主義的な言説を標榜します。

新自由主義的言説というのは、簡単に言えば「自己責任論」です。

ただ自己責任論を明確に標榜するのは、いまだ功成り名を成したとは言い切れない人たちです。完全に成り上がった人は何も言いませんから。
インフルエンサーといわれる人たちは、いまだ日本社会で確固とした地位を築いているわけではないですから、自己責任論というり自己努力論を主張します。努力すれば私たちのようにインフルエンサーになれるんだよ、というような言説です。
現実としては、インフルエンサーは努力のみでそのささやかな地位を築いたわけではありません。必ずどこかに幸運の「バズリ」があったはずです。バズリをてこの起点に今のポジションを得ていることは本人が一番自覚しているでしょう。
彼らの本心は、自分が逃げ切るであろうまで持ち上げてくれるであろう継続的バズリへの期待です。



【自らの永続性への願い】


様々な政治的立場の人たちが、自らの永続性への願いを込めて、様々に主張しています。
そして主張の結果は、上にあげた図の青の二こぶのラインに集約されていくしょう。

中産階級が崩壊したあとの日本にはどのような社会体制が立ち現れるのか、というのは非常に興味深い事象です。

その世界は現代の価値観からすれば、ある意味デストピアみたいなことになると思われますが、その辺の考察はまた次の機会にでも。


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 結論から言うと、実家暮らしの男は女性から敬遠されるからだ。
女性は、男の両親の介護という負担を警戒している。実家暮らしの男は、そのパートナーに両親の介護を押し付けかねないと、女性に思われている。

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【女性の立場になって考える】
  
日本の女性は伝統的社会で抑圧されてきた歴史を持つから、伝統的社会観を持つ男性は、現代女性に選ばれにくい。たとえ男が、

「自分はやさしく思いやりがあって、自分の周りの世界もあったかく思いやりがある」 

なんて思っていたとしても、パートナーの女性がそれに同調するとは限らない。女性だって選ぶ権利があるからね。女性が、そのあったかい世界なるものの中でこき使われることを警戒するのは当然の事だろう。


【妻が夫の両親の介護をするのが当然ではない理由】

男性にとっては、昔の女性は嫁ぎ先の親の面倒をみるのが当たり前だったのだから、今の女性もお願いしますということだと思うのだけれど、今と昔は平均寿命が違う。
大正期においては、結婚時の夫婦の平均期待寿命は夫61.5歳妻61.0歳だった。1990年時点では、夫77.1歳妻82.7歳となっている。現状ではもっと伸びているだろう。かつては女性にとって、夫の引退した両親との同居は6.7年だったのだけれど、現代では20年以上にもなる。アリ地獄に落ちる可能性があるなら、女性が尻込みするというのは女性の責任ではない。

女性が解放されたというのはそう昔の事ではない。せいぜいここ30年ぐらいだろう。  
選ばれにくい男が下に見られるというのは、いいことではないとは思うけれども、自然の流れでもある。

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結論から言うと、未婚男が死んだ場合、葬式は当たり前というわけではないということ。

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【未婚男が死んだ場合、葬式などはどのようになるのか?】


だいたいにおいて喪主は親か配偶者か子供になる。自らが生命が消えようかという歳になっていれば両親共に死んでいるのは普通だろう。結婚していなければ配偶者も子供もいないわけで、喪主が存在しなくなる。私の勤めている会社で50代後半の独身男性が2人、ポックリ死んだことがあるけれど、葬式というものは一切無かった。どこからか兄弟という人が来て、遺骨を持ち帰りそれっきりだ。

未婚男性の場合、結婚しないいいわけをずらずら語ったりする。語れるうちはまだいい。親が死んでくると口数が減ってくる。そんなオジサンにたいして、周りは妻や子供の話はできない。気をつかわれるんだよね。


【真面目に働けば結婚して一人前の男になれる?】


上層ホワイトカラーの人たちは知らないかもしれないけれど、下層職層の男性未婚率というのは実際ひどい。運輸、清掃、介護、建設、のブルーカラー職層の未婚率は実感として高い。私はトラックの運転手をしているのだけれど、周りの30代、40代、50代男性の6割以上は未婚だ。

ブルーカラー職層でまじめに仕事をすれば結婚もして一人前の男になれる、などということはありえなくなっしまった。
逆に、そんな程度の仕事をまじめにやっている程度では結婚はまず不可能だということになる。

日本人はまじめだといわれている。もちろん日本人の遺伝子にまじめ遺伝子が組み込まれてるわけでもないだろう。日本人のまじめさというのは皆婚制度に起因しているだろう。まじめに働けば妻をもらい一家を建て一人前の男になれるというわけだ。ブルーカラー下層職層にあっては、まじめに働いているだけでは結婚はおぼつかない。まじめに働く内的根拠は近年、急速に失われている感じだとおもう。

結婚が無ければ、その結果葬式も無い。ブルーカラー下層職層で身寄りの無い人の葬式を、いったい誰がとり行おうと思うだろうか? 

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息子が30歳近くになっても結婚のそぶりを見せないと心配する親御さんは多いでしょう。

結論から言いますと、息子さんが日東駒専以上の大学を出て、現在まじめに働いているというのであれば、ほとんど問題ないでしょう。あと2.3年の内に女の子を家に連れて紹介に来るでしょう。

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【息子が30歳近くになっても結婚しないと心配する親御さんへ】

30歳の男性の場合、相手の女性も30歳近辺です。

女性も20歳のころは、愛だの恋だの言うでしょうが、30歳に近くなってくると現実的になってきます。

女性ってカラいところがあるじゃないですか。

平均レベル以上の適齢期の男性にたいして、女性は恋愛シャッター全開で迫ってきます。この攻勢に耐えきれる男性は多くないです。そもそも耐えきる必要もないわけですし。

【万が一という場合】

もちろん物事には絶対という事はありません。万が一という場合があります。

1 息子さんが夫のいる女性を好きになっている場合。

普通ありえないですよね、昼のメロドラマじゃないんだから。

2 息子さんが実はホモである場合。

これもないでしょう。そもそも親であるなら、息子の大まかな性的指向ぐらいは分かっているはずです。

3 息子さんがモテすぎる場合。

この場合は、親御さんからやんわり言ってあげるという選択肢もあり得ます。

【私の経験上の話】

私が35歳の時、大学の同窓会があったのですが、友人たちはすべて結婚していました。日本男性の生涯未婚率25%などというのはどこ吹く風状態です。
なかには大学の時、女性とのうわさを全く聞かない、「俺、女には興味がない」なんていう態度のヤツもいました。

そんなヤツっているじゃないですか?

そういうのも含めて、すべての男が結婚していました。平均以上の適齢期の男性に対する、女性からの恋愛プレッシャーは時代を超えてきついのです。

社会的ポジションが平均以上である男の場合、結婚に関して容姿はあまり関係ありません。まあ多少こぎれいな格好をしておけばいいという程度でいいでしょう。

実際はこぎれいにするというのが大事ではなく、こぎれいにしようとする努力をしていると相手にわかってもらうだけでも十分です。


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自分が子供のころ、大人はみんな結婚していた  時代は、私はあなたのママではない、というフェーズへ移行した。

時代によって、なんというか、雰囲気の変化みたいなものがあると思う。 広い意味で空気を読むという態度がないと、例えば、戦前の日本がどうだったのか、なんていうことは全くわからなくなる。

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【既婚社会から未婚社会へと時代は転換した】


「時代の雰囲気の変化に気づく」ということは大切なことだ。 
現在の40代団塊ジュニアの世代の男性の未婚率というのは30パーセントに近い。いつの世でも、中産階級上位以上の男性はたいがい結婚するわけだから、中産階級下位以下の男性の未婚率は、40代団塊ジュニアの世代の場合、5割はあると思う。

この5割の未婚男性は、ある種、不思議な感じを感じていると思う。
自分が子供のころ、大人はみんな結婚していた。自分も大人になれば自然と結婚して、子供を育てるようになるだろう。
はたして現実はどうか? いつまでたっても自分にふさわしい女性は現れない。

団塊世代の男は結婚できて、団塊ジュニアは結婚できないのは何故か。 それは時代の雰囲気が変わってしまった結果だろう。
なぜ時代の雰囲気が変わったのかというと、一番大きい原因は、女性が解放されてきたからだろうと思う。 

40代未婚率でいうと、女性の未婚率は男性のそれより10パーセントほど低い。1985年においては、男性も女性も、生涯未婚率は5パーセント弱と拮抗していた。それがこの30年の間に変化したんだな。女性はバツイチの男性でも、いいと思えば結婚するような自由を得たのだろう。

よく思い出してみれば、団塊世代以前の男には、女性を小間使いかなにかと勘違いしているヤツが多かった。女性の立場に立ってみれば、このようなろくでもない男と結婚するなんて勘弁してくれ、というのは当然ある。女性が自立できるようになったなら、男をじっくり選ぼうというのは自然な流れだと思う。

私の職場にも、コイツは永遠に結婚できないだろうという男がいっぱいいる。私がボタンの緩んだ服を着ていたら、
「ボタンなんてサー、奥さんにとめてもらえばいいじゃん」
などと簡単に言う。
お前は一生もてないよ。 私の妻は、おまえのお母さんではないよ。 ママのつくったから揚げでも食べて寂しく中年太りしていろ。
 
時代の雰囲気というのは、この30年で明確に転換しただろう。


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昨日、引きこもった後自殺した人の残したホームページを閲覧して、なんだかテンションの下がるような気がした。引きこもった上に自殺して、最後に自分の人生には意味がなかったと書き残すとか、そういうこともあるかと思って。  

その自殺した彼、子供のころから今までの体験にたいする感想みたいなものをつらつら書いていて、それらの言説群には奇妙な角度があるんだよね。家が貧乏でみすぼらしい家を友達に見られるのがいやだったとか、兄が自殺したときはたいして悲しいとは思わなかったとか、仲のよかった友達の家族について異常に詳しく書いたりとか。  

自意識過剰といってしまうと言い過ぎになるだろう。正確に言うと、社会の方が彼に自意識過剰を期待して、彼の方もその期待にこたえようとしてそして失敗したみたいな。

彼に言わせれば社会が悪いということになるだろうし、社会の方から見れば彼はプライドが高すぎたということになるだろうが、客観的に見ればだよ、この社会に何らかの角度がついていて、その角度に彼が能力を超えて反応してしまったということだろうと思う。  

この社会には個々人に何らかの期待するレベルというものがあるかもしれないが、それは無理してクリアするほどのものでもないと思う。人に自慢できるような仕事につけなければ、バイトでも派遣でも何でもやればいいし、オープンマインドでさえいれば、彼女だって出来ない事はない。なんせこの世界は男と女、ほぼ同数だから。自然体で生きるということも、この世界では拒否されるわけではない。  

変な角度をつけて死ぬまでいくこともないと思う。


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男は女性の蜜ツボに興味がある。これは絶対の真理。男は蜜ツボの価値を、その女性の容姿によって価値判断する。価値の序列をつける。あっちの蜜ツボは甘そうだとか、こっちの蜜ツボは臭そうだとか。

失礼千万な話なんだけど、これは下半身の問題でもありコントロールが難しいので、そういうものだと思ってもらうしかない。

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【男としての価値と人間としての価値は別】

一つの男女共学のクラスがあるとして、そのクラスの女性全体に価値の総体というものが付与されるわけだ。女性たちは与えられた価値を男たちに与え返すわけなんだけれども、これはもちろん均等ではなく、女性たちにとって価値ある男と判断された者には厚く、価値のない男と判断された者には薄く配分される。
男と女の間で価値がフィードバックしあうのだけれど、社会的プレッシャー、すなわち女は処女であるべきだとか、女は貞淑であるべきだなどというものがないとするなら、蜜ツボという強力な武器を持っている女性のほうがはるかに優位だ。

現代において、この女性の優位さを証明する数値として、男性の生涯未婚率25%というのがある。
すなわち女性は25%の男性に価値を認めてない。いくらモテない男と言えども人間としての価値はあるわけで、これをどう考えるか。
例えば一軒家に住んでいたとして、その建物部分がどれだけ古くても実際に住んでいる以上は住んでいる人にとっては何らかの価値があるはずだ。ところがその一軒家を売却する場合、上物が築10年以上たっている場合は売値としての価値ゼロだ。実際に住む場合と売る場合において価値が変わってくる。男の価値というのも同じようなものだろう。

男も女っ気なしというわけにもいかないので、女性が男性に求めるだろう価値観に基づいて、価値の獲得競争を始めるようになる。この競争は高校を卒業しても続いていく。

現代において、蜜ツボは女性自身に回収されてしまったのだけれど、歴史的に考えればどうか。

昭和後期においてはまだ男性の生涯未婚率は5%ぐらいだった。この時若い女性の蜜ツボは親に管理されていた。蜜ツボは女性自身の所有ではなく家の所有であって、主に男性親の価値観の序列に従って娘の蜜ツボは家の外部に配分されていた。
当時は女性がフルタイムで働く場所も少なく、女性自身も社会の中で男性に伍して働こうという意欲もあまりなかった。私は30年前、帝国大学の上位校に通っていたのだけれど、同級生で卒業してすぐ専業主婦になった女性を2人知っている。今では考えられないでしょ。何しに東北大学まで来たの?という話になってしまう。

重要なのは、父親の価値観によって若い女性の蜜ツボは外部に配分されていたという事。そして当時の父親における価値の序列とは何かというと、高学歴のサラリーマン家庭で、より上位の中産階級が価値が高いとされていた。もちろんすべての家庭の娘が高学歴のサラリーマンと結婚できるわけではないのだけれど、蜜ツボ分配の権利を握る者が、その配分に対してある一定の理念を掲げたとするなら、社会全体がその価値一色になっちゃうんだよね。価値が一色になったとしてもたいして文句なんて出ない。結果として蜜ツボがあまねく配分されるから。価値観が相対化して25%の男に蜜ツボが配分されない社会と、価値観が一色でも95%の男に蜜ツボが配分される社会とどっちがいい?という話だ。

【リベラルの終焉】

高学歴サラリーマンの中産階級に厚く価値が付与される社会というのは、リベラルの価値が大きくなる。民主主義や平和憲法という理念というのは、これは今でもその傾向があるが、インテリゲンチャのシンボルだ。このシンボルを、これも今でもその傾向があるが、テレビや新聞が煽る。そして煽られた蜜ツボ配分者たる父親たちが、ますます自らの管理する蜜ツボを、よりそれらしき男たちに配分しようと願ったわけだ。
そのような価値の練り上げが崩れてしまった現代において、リベラルの価値というのはどうなっているだろうか? はっきり言って再起不可能でしょう。リベラルは安倍政治をぶっ壊すどころか、ネット右翼に押されるレベルだ。

なぜこのようになってしまったのかというと、繰り返しになるが、蜜ツボがその女性自身に解放されてしまったからだろう。

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なぜ安倍政権が若者から支持されているかというと、結論から言えば、自由主義が多くの若者に拒否されているからだろう。これが何の自由かというと恋愛の自由だ。

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【お金は再配分できるが、恋愛は再配分できない】

恋愛やそれに伴うセックスが全く自由になってしまったから、多くの若者が女性にあぶれてしまっているという。
若い女性というのは股に蜜ツボをはさんで歩いているようなもので、あれちょっとずるいよね。あの蜜ツボが自分だけの物であると考えるなら、それを出来るだけ高く売ろうと考えるのは自然だろう。自由主義における必然の帰結だ。

20代男性の童貞率が40%ということになっている。最近の若者の草食化というのが言われるけれども、男女が互いを求めあう情熱なんていうのは万古不変だ。男性の童貞率や未婚率が上昇しているのは、SEXの供給が絞られてしまったからだろう。では、女性の蜜ツボはどこに行ってしまったのか。

昔、まあ昔といっても30年ほど前なのだけれど、男性の生涯未婚率は4%ほどだった。今から考えると異常に低いのだけれど、これはどうなっていたのか。
おそらく、女性の蜜ツボを出来るだけ多くの男性に配分するようなシステムがあったのだと思う。これは男性からは見えにくいのだけれど、女性世界の中に、蜜ツボを回収し再配分するようなオルガナイザー的人物が要所要所に存在していたのだろう。
いや、これは現在でも存在はしているだろう。女性を多く抱える企業内においては、女性世界が形成されていて、抜け駆け禁止とか社内での蜜ツボ不当廉売禁止とか暗黙のルールがあって、ボス的な女性がルールの番人になっているというのは大いにあり得る。

この女性世界に接続できない男性というのが、近年増えてしまったのだろう。地域の一体性が消滅してしまって、フリーターや派遣の男性というのでは、女性の蜜ツボ再配分世界に接続できない。
接続できずに自由主義世界に投げ出されてしまっては、そこは全く弱肉強食の世界で、これは厳しい。SEXできなくても死ぬわけではないから、負け犬は誰にも同情してもらえないという。

ゆえに若年層で反自由主義的な雰囲気が醸成されてしまっているのだろう。

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