江戸時代において孟子はほとんど禁書だったのです。その理由は、孟子のなかで
君主がぼんやりしていたならば、それは君主ではなくただのぼんやり君だから、それをチェンジしても何の問題もない
と明言しているからです。これは江戸幕府にとってはまずい発言です。ぼんやりした将軍なんていうのはいっぱいいたでしょうから。
2300年前、孟子の生きた中国の戦国時代において、一番有力だった国は「斉」といいます。その斉は孟子が自分を売り込もうとした30年ほど前に、歴代の家系の君主が家臣によって簒奪されているのです。孟子は機会主義者だったのではないでしょうか。ここぞとばかりに斉の君主に
簒奪なんていうのはそう悪いことではないですよ
と言いいます。時代に合わせて孟子も孔子を解釈しているわけです。
孟子は孔子と合わせて孔孟と言われますが、孔子と孟子ではかなり距離があります。この段階ですでになんとでもいえるというレベルです。
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孟子における論語解釈
君主がぼんやりしていたならば、それは君主ではなくただのぼんやり君だから、それをチェンジしても何の問題もない
と明言しているからです。これは江戸幕府にとってはまずい発言です。ぼんやりした将軍なんていうのはいっぱいいたでしょうから。
2300年前、孟子の生きた中国の戦国時代において、一番有力だった国は「斉」といいます。その斉は孟子が自分を売り込もうとした30年ほど前に、歴代の家系の君主が家臣によって簒奪されているのです。孟子は機会主義者だったのではないでしょうか。ここぞとばかりに斉の君主に
簒奪なんていうのはそう悪いことではないですよ
と言いいます。時代に合わせて孟子も孔子を解釈しているわけです。
孟子は孔子と合わせて孔孟と言われますが、孔子と孟子ではかなり距離があります。この段階ですでになんとでもいえるというレベルです。
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