NHK自身が語る、NHKがスクランブルをしない理由は以下のようなものです。

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NHKは、広く視聴者に負担していただく受信料を財源とする公共放送として、特定の利益や視聴率に左右されず、社会生活の基本となる確かな情報や、豊かな文化を育む多様な番組を、いつでも、どこでも、誰にでも分けへだてなく提供する役割を担っています。

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緊急災害時には大幅に番組編成を変更し、正確な情報を迅速に提供するほか、教育番組や福祉番組、古典芸能番組など、視聴率だけでは計ることの出来ない番組も数多く放送しています。

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スクランブルをかけ、受信料を支払わない方に放送番組を視聴できないようにするという方法は一見合理的に見えますが、NHKが担っている役割と矛盾するため、公共放送としては問題があると考えます。

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また、スクランブルを導入した場合、どうしても「よく見られる」番組に偏り、内容が画一化していく懸念があり、結果として、視聴者にとって、番組視聴の選択肢が狭まって、放送法がうたう「健全な民主主義の発達」の上でも問題があると考えます。


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【1 番組を、いつでも、どこでも、誰にでも分けへだてなく提供する役割】

いつでもどこでも、なんていうのが困るのです。

自分の作る放送コンテンツが日本の社会生活の基本を形成しているから、日本に居住するすべての人は自分の放送コンテンツに課金するべきだ、などという意見は認められるものなのでしょうか。
このような発言は周りから言われるならまだしも、自分から言うのはどうなのでしょうか。

エリートマスメディアがバカな庶民を善導するという戦後リベラル的な思考パターンを継承しているのでしょうが、もう今の時代には受け入れられないレベルの言論でしょう。


【2 緊急災害時には大幅に番組編成を変更し】

災害時はNHKだとよく言われますが、今の時代、災害時に情報を得る手段はスマホでしょう。
詳しくは立花孝志氏の以下の動画にあります。




【3 スクランブルは一見合理的に見えますが、NHKが担っている役割と矛盾】

一見合理的に見えるのならスクランブルをかける十分な理由になるでしょう。スクランブルをかけない真に合理的理由は政治が考えるものであって、NHK自身が考える筋合いではないです。

スクランブルをかけない理由をNHKが自分で考えてしまった場合、必然的にNHKという組織の維持のためにはどうすればいいか、という思考に帰着してしまいます。しかしNHKという組織の維持なんていうことは、受信料を払う側にとってみれば何の関係もありません。


【4 視聴者にとって番組視聴の選択肢が狭まって、健全な民主主義の発達の上で問題】

チャンネル数が少なかった昭和の時代ならともかく、ネットで海外の放送コンテンツも見られる時代に、「NHKがなければ番組視聴の選択肢が狭まる」、とは恐れ入った意見発表です。

それほど自分の放送コンテンツに自信があるのなら、スクランブルしてさらに値上げでもすればいいと思いますが。

NHKは自分たちが良質なコンテンツをつくってもバカな国民は理解できないだろうから、受信料を強制的に徴収して、自分たちの考える「良質な番組」なるものを国民に押し付けて問題ないと。さらには自分たちの考える「良質な番組」を国民に押し付けることが、「民主主義の発達の上で有益」とすら考えています。

朝ドラや大河や紅白という番組は、「民主主義の発達の上で有益」なのでしょうか?


NHKがスクランブルを拒否するなら、自信をもっとスリム化して、真に民主主義の発達の上で有益な番組のみ放送するべきでしょう。



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