ネタバレあります。

【「あるキング」 あらすじ】


仙醍市の万年最下位のプロ野球団「仙醍キングス」のかつての名選手で現在は監督の南雲慎平太が、最後の試合中に亡くなります。同じ夜に、主人公である山田王求(おうく)が産声を上げるところから物語は始まります。

山田王求は、熱狂的な仙醍キングスファンである両親のもとで野球に打ち込み、高校生になると素晴らしい才能を開花させていきます。

しかしこの両親の野球教育に対する熱血ぶりは異常で、野球の試合で王求を敬遠しないように相手チームに賄賂を渡したり、最後には王求に暴力をふるった少年を殺害さえしてしまいます。

父親が殺人犯となってしまった王求は高校野球を中退してしまうのですが、18歳の時に仙醍キングスのプロテストを受けて合格します。

王求はプロ1年目から活躍するのですが、殺人犯の息子という理由で、対戦相手だけではなくチーム内にも王求の活躍に不満を持つ人がいたりします。

試合中、仙醍キングスの打撃コーチに腹部を刺された王求は、激痛に耐えながらホームランを打った後に力尽き死んでいきます。その同じ時刻に、仙醍市内では熱狂的な仙醍キングスファンの両親のもとに一人の男の子が生まれようとしていました。


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【「あるキング」 意味の解説 】

この「あるキング」では、シェイクスピアのマクベスにでてくる魔女のセリフである「きれいはきたない、きたないはきれい」を全編で強調しています。

「きれいはきたない、きたないはきれい」を英語の原文では、Fair is foul、foul is fair と書きます。このフェアーとかファウルとかを野球に引き付けて、

「Fair is foul、foul is fair」を
「ファウルはフェアー、フェアーはファウル」

と、そのままで解釈していこうということですね。

「マクベス」において、予言する3人の魔女が国王マクベスに

「きれいはきたない、きたないはきれい」

とささやきます。

この意味なのですが、悲劇という運命の物語の中では合理的な言葉、例えば「きれいはきれい、きたないはきたない」などというものは価値がない。「きれいはきたない、きたないはきれい」などと意味不明な言葉を発するぐらいでちょうどいい、というぐらいの3人の魔女によるアピールでしょう。

この考えを「あるキング」に当てはめると、運命という物語の中では天才野球人である王求も、その才能が必ずしも報われるとは限らないということになりますか。
才能は王求固有の所有物ではなく、受け継ぎそして伝えていくものなのでしょうから。