「フーガはユーガ」が本屋大賞を取れるかどうか注目です。

【「フーガはユーガ」あらすじ】

常盤風雅・優雅の双子が主人公の物語です。風雅と優雅には誕生日の日にだけ2時間ごとに入れ替わるという能力があります。

風雅と優雅の両親というのはどうしようもないクズで、父親はDV男、母親は育児放棄女です。育児は母親が単独でやらなくてはならないというものでもないですし、親はなくても子は育つとも言いますから、ネグレクトの母親はまだいいと思いますが、DV男はよろしくないですね。

風雅には小玉という彼女がいます。小玉の父親がまたどうしようもないクズで、小玉にどんな虐待をするかというと...... ちょっとここには書けないです。

自分たちの父親とか小玉の父親とか、どうしようもない人を何とかしたいと風雅と優雅は考えます。しかしさらに極悪の人間が登場します。

その極悪人は大金持ちの息子です。子供のころから素行がひどく、犯罪がばれても親の金の力でもみ消すことが当たり前になっています。

風雅と優雅はこの極悪人に罠を仕掛けて成敗しようとするのですが、返り討ちにされそうになり.....


ラスト50ページからスリリングさが加速して、伏線を回収しながらの結末はさすが伊坂幸太郎だと思わせるものがありました。

風雅の

「俺の弟は、俺よりも結構元気だよ」

という言葉が最後まで印象的でした。

フーガはユーガ

新品価格
¥1,512から
(2019/3/20 19:34時点)




【「フーガはユーガ」の意味の説明】

兄弟が協力して悪と戦うというのは、伊坂幸太郎の作品にはよくあるパターンです。

「魔王」では、兄弟が右翼政治家と戦います。兄には人に思ってもいないことを喋らせる能力、弟には5分の一程度の確率なら当てられる能力があります。この超能力を使って右翼政治家に戦いを挑むのですが、返り討ちにあってしまいます。
しょぼい超能力で敵に戦いを挑む、というところは、「フーガはユーガ」に似ています。

「重力ピエロ」も、兄弟が悪人に戦いを挑むというところで、「フーガはユーガ」と同じです。「重力ピエロ」では、弟のほうは悪人の血のつながった息子であるという設定です。悪人は弟によって殺されるのですが、弟の罪は、悪に対する復讐ではなく血に対する復讐であるから許されるみたいなことになります。

「マリアビートル」では、兄弟ではないのですが、兄弟のように仲のいい「檸檬」と「蜜柑」という殺し屋が登場します。殺し屋だけあって、サイコパスの悪人にいいところまで迫るのですが、結局返り討ちにあってしまいました。

これをトータルで考えるとどういうことになるのでしょうか。

社会に寄生するサイコパスのような存在を排除するのは人間では無理で、運命をコントロールする神のような存在に頼るしかない、という伊坂幸太郎のメッセージでしょう。

人間には、何が悪で何が悪ではないか、などという判断は出来ないということでしょう。

「魔王」での右翼政治家は、左翼からしたら悪でしょうが、全体からしたら悪とまでは言えません。
「重力ピエロ」の悪人が殺されたのも、悪人がゆえに社会から復讐されたのではなく、息子による父親に対する血の復讐ということでした。
「マリアビートル」で悪人をとっちめたのは一般人ではなく、「グラスホッパー」に出てきた「劇団」という謎の集団の殺し屋によってでした。

伊坂作品において「運命をコントロールする神のような存在」は、伊坂幸太郎のデビュー作「オーデュボンの祈り」に出てきた未来をコントロールする喋るカカシ「ユーゴ」が、物語途中で殺されてしまって以降現れていません。
そう考えると、伊坂幸太郎の「悪を悪と判断するのは簡単ではない」という思想みたいなものは、デビュー作以降一貫しています。

ただ「フーガはユーガ」のなかで、チラッと喋るカカシ「ユーゴ」が出てきたので、もしかしたら「フーガ」に「ユーゴ」が少し乗り移った部分もあるかもしれません。

このあたりの判断は次回作以降ですね。




関連記事