ネタバレありです。「グラスホッパー」は映画化もされました。

【あらすじ】

主人公というか狂言まわし的な立場にいるのが元教師の鈴木という27歳の男性です。

鈴木の妻はひき逃げされて亡くなったのですが、犯人は極悪ヤクザ寺原のバカ息子らしいのです。鈴木は寺原の息子に復讐するために、寺原が経営するフロント企業で働き始めます。

鈴木はただの元教師で、ヤクザの息子をつけ狙ったからといって簡単に目的が達せられるはずもありません。しかし寺原の息子は、鈴木の目の前で何者かによって背中を押され車にひかれて死んでしまいます。

鈴木は寺原の息子の背中を押した人物の後を追います。家を突き止め、本人ともその妻と子供とも知り合いになります。男は槿(あさがお)であると名乗り、職業はシステムエンジニアであるといいます。
しかし槿(あさがお)の正体は「押し屋」という殺し屋でした。


この後、催眠術で人を自殺に追い込むことの出来る「鯨」とナイフの使い手である「蝉」の二人の殺し屋も登場し、「押し屋」の居場所を知っているということで鈴木は二人の殺し屋に捕まりますが、「押し屋」に救出されます。

「蝉」は「鯨」に殺され、「鯨」は車にひかれて死に、寺原は「押し屋」の所属する「劇団」という組織から派遣された「スズメバチ」という殺し屋に殺されます。

寺原も寺原の馬鹿息子も死んだので、鈴木は闇の世界から表の世界に戻り、塾講師として働くようになります。

あらすじは以上です。


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【夢落ち】

22ページに、

鈴木が、
「交差点の歩行者用信号の青色が、点滅をはじめる。その点滅がゆっくりに見える。いくら待っても赤にならない」
と思う場面があります。

164ページの「鯨」とホームレスとの会話に、

「目の前の信号の点滅がちっとも止まらなかったり、通過する列車がいつまで経っても通り過ぎない、とか、この列車ずいぶん長いなあ、なんて思ったら、そう いうのは全部、幻覚の証拠です。信号や列車は、幻覚のきっかけになりやすいんです。信号はたいがい見始めの契機で、列車は目覚めの合図だったりします」

とあります。

最期に鈴木が電車を見送るシーンでは、

「それにしてもこの列車、長くないか」と、亡き妻に向かってこっそりと言う。回送電車は、まだ通過している。
とあります。

これをつなげて考えると、物語のすべては鈴木の妄想であった、ということになるでしょう。

よく考えれば、鈴木という人物は主人公ながら、いてもいなくても同じようなものです。自分で復讐するわけでもなし、悪いヤツの征伐はすべて「劇団」の構成員によって行われています。冒険譚と鈴木との唯一のつながりは、鈴木と「押し屋」との関係性のみです。
鈴木が、駅のホームで「押し屋」の息子役の男の子を見失ったときに、すべてが茫漠としてしまったのです。

【伊坂作品における「グラスホッパー」の意味】

伊坂作品には、運命をつかさどる神の手下のような人物がよく登場します。
「死神の精度」では、死神ですし、
「マリアビートル」では運の悪い殺し屋七尾ですし、
「重力ピエロ」では、遺伝子がこの役割を担っています。

「グラスホッパー」では「押し屋」ということになります。伊坂幸太郎の小説に登場する一般人は、運命をつかさどる神の手下と絡んで初めて、整合的な世界と関わりあうことができます。

「グラスホッパー」の鈴木は「押し屋」と絡んでいる時だけ、悪人は死に妻の死は復讐されなくてはならないという合理的世界が発動します。

伊坂作品の「魔王」や「あるキング」などでは、この

運命をつかさどる神の手下自体が登場しないので、勧善懲悪の世界は立ち現れず、伏線は回収されないまま放置されます。

伊坂幸太郎のデビュー作である「オーデュボンの祈り」の中で、運命をコントロールする喋るカカシが殺されて以降、伊坂作品には運命をつかさどる神自体は現れることがなくなりました。
伊坂幸太郎は、運命のコントロールの強弱を使って作品を書き分けているようです。