坂口安吾の天皇制に対する評価の結論を言いますと、日本国民はそろいもそろって天皇制に甘えているから太平洋戦争であのような大惨敗を喫したのだと。だから天皇制とは国民を甘やかす装置のようなものだというわけです。

社会全体が甘い構造になっているから、貴族の子供が貴族となり、やがて貴族議員として日本の枢機をつかさどるようになりました。その代表は近衛文麿であり西園寺公望でした。


【近衛文麿】


近衛文麿は生まれながらのサラブレッド。近衛家とは、天皇家に次ぐ家柄である5摂関家のうちの一つ。5摂関家は明治17年の最初の叙勲のときに、明治維新に何の功績もないにもかかわらず最上位の公爵を与えられています。
近衛文麿自身は、昭和に入り二度総理大臣になっています。昭和以降二度総理大臣になったものは、若槻礼次郎、近衛文麿、吉田茂、安倍晋三、と4人しかいません。
実は、近衛は一度目と二度目の総理大臣の間に
一度総理就任を要請されたのですが、病気を理由に辞退しています。二二六事件の直後であり、おそらく暗殺を恐れたのであろうと推測されています。
昭和16年10月、太平洋戦争がほぼ不可避になった時期に内閣を投げ出し、後継の総理は東条英機となりました。
終戦後近衛は、自分には戦争責任はないという態度を示していましたが、GHQから戦犯としての逮捕命令が出ると自殺しています。

近衛に対する評価なのですが、国民から人気があったとか自殺したのは潔いとか評価されることがありますが、私はどうかと思います。
まず巣鴨に連行されたA級戦犯で軍人は逮捕前に腹を切るべきでしょう。軍首脳が兵士に対して捕虜の辱めを受けずと玉砕を支持していたのに、自分たちだけが残された老後のわずかな時間を惜しむというのではつじつまが合わないです。A級戦犯の軍人が腹を切った後、日本の立場を近衛が法廷で語るというのが筋です。いざというときの責任を果たすために、近衛家は明治の最初の叙勲で公爵を与えられているわけですから。東条の自殺失敗は恥ですし、近衛の自殺は弱さです。


【西園寺公望】


西園寺公望は公爵です。明治憲法下での総理大臣というのは、国会議員の多数決によって選挙されるのではなく、元老と呼ばれる政府有力者の合議によって指名されていました。元老とは明治維新の元勲などで構成されていたのですが、大正半ば以降、老齢により山縣や松方の政治力が弱くなると、西園寺公望がただ一人の元老として、総理大臣指名のヘゲモニーを握るようになりました。
昭和15年11月死去。

明治憲法の最大の欠陥というのは、この元老制度にあると思います。明治憲法では形式上、総理大臣は天皇が指名することになっていますが、天皇が政治に関わるというのは天皇の権威を傷つける可能性があり、明治維新の元勲たちが総理指名の役割を果たしていました。時がたち維新の元勲が消えていくにつれて、元老制度と西園寺だけが残るという奇怪な事態になってしまいました。
西園寺の首相指名も、みなが納得するであろう人を選ぶという、ある意味雰囲気で総理大臣を選ぶという状況になってしまい、大日本帝国の迷走が深まった最大の原因でしょう。


近衛や西園寺が道を誤ったとするなら、それは彼らの能力の問題ではなく、彼らを選ばざるを得なかったシステムの問題でしょう。
そのシステムの最上位には天皇がいて、本来は自分を強く持って国民を指導するべきエリートが、最後には天皇に寄り掛かり、天皇に甘え、強いリーダーシップを発揮するような場もなく雰囲気政治みたいなことになってしまうのです。


無題


坂口安吾は「天皇陛下にさゝぐる言葉」のなかでこのように書いています。

『名門の子供には優秀な人物が現れ易い、というのは嘘で、過去の日本が、名門の子供を優秀にした、つまり、近衛とか木戸という子供は、すぐ貴族院議員となり、日本の枢機にたずさわり、やがて総理大臣にもなるような仕組みで、それが日本の今日の貧困をまねいた原因であった。つまり、実質なきものが自然に枢機を握る仕組みであったのだ。

人間の気品が違うという。気品とは何か。近衛は、天皇以外に頭を下げる必要はないと教育されている。華族の子弟は、華族ならざる者には頭を下げる必要がないと教育されている。
名門の子弟は対人態度に関する限り、自然に、ノンビリ、オーヨーであるから、そこで気品が違う。
こんな気品は、何にもならない。対人態度だけのことで、実質とは関係がない。
ところが、日本では、それで、政治が、できたのだ。政策よりもそういう態度の方が政治であり、総理大臣的であった。総理大臣が六尺もあってデップリ堂々としていると、六尺の中に政治がギッシリつまっているように考える。六尺のデップリだけでも、そうであるから、公爵などとなると、もっと深遠幽玄になる。』

日本のエリートは天皇に甘える、しかし天皇に実質などはない、という恐るべき関係性を安吾は主張しています。

福沢諭吉は
「一身独立して一国独立す」
と言いましたが、日本のエリートですら一身が独立していないわけで、これで一国が独立するというのはありえないでしょう。

エリートではない一般庶民にたいして、福沢諭吉は厳しいのですが、坂口安吾は優しいです。
福沢は、庶民が上のものにはペコペコし下のものには威張るという態度をゴム人間と表現し、このような庶民からまず元気を注入して、一身独立させねばならないと考えていました。
ところが坂口安吾は庶民に対して「天皇陛下にさゝぐる言葉」でこのように語ります。

『近衛は、天皇以外に頭を下げる必要はないと教育されている。
一般人は上役、長上にとっちめられ、電車にのれば、キップの売子、改札、車掌にそれぞれトッチメラレ、生きるとはトッチメラレルコト也というようにして育つから、対人態度は卑屈であったり不自由であったり、そうかと思うと不当に威張りかえったり、みじめである。』


一般人は実際に生活をしていかなくてはならないですから、天皇と関係ないところで生きていくしかありません。戦前は一君万民の時代、日本人個々が直接天皇につながる時代だったという意見もありますが、実際は、社会の底辺に近づくにしたがって「天皇」というものは自分とは関係なくなるという状況があります。
これは今の時代も同じでしょう。

坂口安吾は日本人を、エリート、一般人、芸人と三つに分けています。作家はどこに属するのかというと、安吾的には芸人枠になります。
普通、作家というのはエリートに入ると思われがちで、作家自身もエリートの自意識を持ったりしがちなのですが、安吾ははっきり「作家は芸人」「作家は文章の技術者」ということを前提にしています。作家は碁打ちや相撲取りなどと同レベルの芸人である、という自覚から安吾は出発しています。

国家のエリートや一般人は、天皇に甘えることなく一身独立して身を立てていくのが正しい道ではあるのですが、芸人の道は正道とは異なります。
歴史的に、天皇は芸人の親玉という側面があります。

芸人であるという自覚を持つ作家安吾は、ギリギリのところで天皇制の否定を回避します。
「続堕落論」に以下にあります。

『生々流転、無限なる人間の永遠の未来に対して、我々の一生などは露の命であるにすぎず、その我々が絶対不変の制度だの永遠の幸福を云々うんぬんし未来に対して約束するなどチョコザイ千万なナンセンスにすぎない。人は無限に堕ちきれるほど堅牢けんろうな精神にめぐまれていない。何物かカラクリにたよって落下をくいとめずにいられなくなるであろう。そのカラクリを、つくり、そのカラクリをくずし、そして人間はすすむ。堕落は制度の母胎であり、そのせつない人間の実相を我々は先ず最もきびしく見つめることが必要なだけだ。』

この「カラクリ」というのは天皇制的なものを指しています。カラクリに寄り掛かり虚無の中を生きるのは芸人だけで十分であり、そのほかの実体を持つ生活者は、その一身を独立させ社会に貢献せよというわけです。突き放すような無責任さというか、愛のこもった投げやりさというか、坂口安吾の良さというのは、このようなギリギリのところに存在します。


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