坂口安吾「風博士」は昭和6年発表です。

風博士という短編は、そのまま論理的に読んだのでは解析できないと思います。


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【風博士内容】

風博士は遺書を残して失踪したのですが、風博士の弟子であるらしい話者は遺書を根拠に、風博士は自殺したと断言します。
確かに遺書の最期にはこのようにあります。


『負けたり矣。刀折れ矢尽きたり矣。余の力を以てして、彼の悪略に及ばざることすでに明白なり矣。諸氏よ、誰人かよく蛸を懲こらす勇士なきや。蛸博士を葬れ! 彼を平なる地上より抹殺せよ! 諸君は正義を愛さざる乎! ああ止むを得ん次第である。しからば余の方より消え去ることにきめた。ああ悲しいかな。』


そして実際に風博士の自殺現場に、この弟子はいました。
このようにあります。


『已すでにその瞬間、僕は鋭い叫び声をきいたのみで、偉大なる博士の姿は蹴飛ばされた扉の向う側に見失っていた。僕はびっくりして追跡したのである。そして奇蹟の起ったのは即ち丁度この瞬間であった。偉大なる博士の姿は突然消え失せたのである。』


風博士は風になってしまったのです。
風博士は自分の意思で風になったので、この弟子は風博士の風への変化を自殺だと言っているわけです。

遺書によると、風博士が自殺した原因というのは、自分の奇妙な学説をタコ博士なる人物に否定されたから、ということになります。
あと、タコ博士に妻を寝取られたから、という理由も書いてはありましたが、そもそも風博士が失踪したのは、自分の結婚式の当日ですから。
風博士は、タコ博士に妻を寝取られたことを遺書の中でこのように書いています。


『余の妻は麗わしきこと高山植物の如く、実に単なる植物ではなかったのである! ああ三度冷静なること扇風機の如き諸君よ、かの憎むべき蛸博士は何等の愛なくして余の妻を奪ったのである。何となれば諸君、ああ諸君永遠に蛸なる動物に戦慄せよ、即ち余の妻はバスク生れの女性であった。彼の女は余の研究を助くること、疑いもなく地の塩であったのである。』



これから推測するに、タコ博士の奪ったであろう風博士の妻とは、単なる植物だったと思われます。

この風博士というのは、自殺前においてまともに喋ることもできません。
このようにあります。


『つまり偉大なる博士は深く結婚式を期待し、同時に深く結婚式を失念したに相違ない色々の条件を明示していた。
「POPOPO!」
 偉大なる博士はシルクハットを被り直したのである。そして数秒の間疑わしげに僕の顔を凝視みつめていたが、やがて失念していたものをありありと思い出した深い感動が表れたのであった。
「TATATATATAH!」』



風博士は

「POPOPO!」
「TATATATATAH!」
ぐらいしか喋ることができない知能レベルです。これでは2歳児程度でしょう。

風博士は風になり、最後の復讐としてタコ博士の体に入り込み、タコ博士をインフルエンザに犯して話は終わります。

【風博士解析】

話者の話を全てまともに採用したのでは、「風博士」は解析不可能でしょう。この話者が語る風博士の部分は全く信用できません。
喋ることもできない人物が遺書を残すというのもおかしいです。


『そして其筋の計算に由れば、偉大なる風博士は僕と共謀のうえ遺書を捏造ねつぞうして自殺を装い、かくてかの憎むべき蛸たこ博士の名誉毀損をたくらんだに相違あるまいと睨にらんだのである。』



などとは書かれていますが、風博士の遺書は、話者である「僕」が捏造したのでしょう。


「風博士」のなかで、風博士に関する部分がすべて信用できないとなると、この短編にはほとんど内実が残らないのではないかと言われそうなのですが。

【結論】

この「風博士」という短編は、頭のおかしい人物が死んだというだけの事実を、死んだときに風が吹いていたという事だけを話者が自分に引き付けて、狂人の内面までも推測しながら構成されたものでしょう。

親が死んだときに、遠くにいる子供の枕元に親が現れて何かしゃべった、というような話はよくあります。狂人が死んだときに風が吹いていた、だから狂人は風になったのだ、と考えてもそれほどおかしい話というわけでもないでしょう。

狂人を弔うために、狂人の狂った世界を再構成してみようという考えもあり得るでしょう。



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