益者三友の意味は、正直で誠実で博識な人を友としなさい、となります。
出典は、論語の季氏第十六 4です。


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季氏第十六 4

孔子曰く、益者三友(えきしゃさんゆう)、損者三友(そんしゃさんゆう) 直(ちょく)を友とし、諒(りょう)を友とし、多聞を友とするは、益なり。便辟(べんぺき)を友ともとし、善柔(ぜんじゅう)を友とし、便佞(べんねい)を友とするは、損なり


孔子は言った。
「正直な人、誠実な人、博識な人は益にる友である。体裁をとりつくって正直でない人、愛想がよいだけの人、口先だけでうまいことを言う人は損になる友である」

損得で友達を選ぶことに抵抗がある人も多いのではないでしょうか。益者三友と言ってしまうと、博識の人以外と付き合っていては損だ、ということになってしまいます。
親にあそこの子供とは付き合ってはいけないとか言われるのも嫌でしたし、子供に、あんなところの子供と遊んでも損だよ、なんて言うのも気が引けます。

しかしこれは益者三友とだけ言ってしまった結果だろうと思います。論語の本文には、益者三友のあとに損者三友とあります。
益者三友と損者三友の間には、益にも損にもならない場所が広がっています。そのような場所の人たちとつきあって、別に何の問題もないと思います。

そもそも、利益のある人とだけ友達になろうとする態度は、相手にとって、

便辟(べんぺき)
すなわち、体裁をとりつくって正直でない人
であり、

善柔(ぜんじゅう)
すなわち、愛想がよいだけの人
であり、

便佞(べんねい)
すなわち、口先だけでうまいことを言う人

になるのではないでしょうか。
これでは相手にとって自分が損者三友になってしまいます。


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