ゴミ回収会社で働いて20年だけれど、正直言って底辺近辺の会社だと思う。それなりの学歴の人間はそれなりの会社に入って、底辺の人たちとの交流もあまりないと思ので、底辺の現状を私なりに報告したいと思う。

無題


目次 

 1 関みつお
 2 佐伯みのる
 3 宮ちゃん
 4 清野せんきち
 5 小竹まんきち
 6 鈴木クマモー
 7 派遣社員
 8 まとめ



【関みつお】


関さんは昭和18年生まれ、独身。今、77歳。4年ほど前に会社を引退したというか、首になった。もう年だから。蒲田まれの蒲田育ちで、50歳ぐらいまでは船のエンジンを作る会社に勤めていたらしいのだけれど、そこが潰れて、ゴミ回収業の私が勤めている会社に来たという。無類の酒好き。酒好きというより、酒をいかに飲むかという一点によって関さんの人生は組み立てられている。
昭和の時代、蒲田には「女王蜂」というキャバレーがあったらしいのだけれど、関さんはそこの常連だった。毎日そこで飲むという日常だった。今の団塊世代以前は皆婚時代、生涯未婚率5パーセントという誰もが結婚するという時代だったのだけれど、関さんは結婚を度外視して飲みまくったのだろう。
関さんは左手の薬指の第二関節からないのだけれど、これは飲み代のためにわざと指をつめたのだというのが本人のコメントだ。仕事中の事故ということで保険金が下りるらしい。
キャバレーでつけで飲むと、そのつけは客についた女性が立て替えるのだという。関さんは、ある女性にかなりの借金が出来た。「女王蜂」がなくなって、その女性は小料理屋を開いた。関さんはこの小料理屋に通いながら、借金を返しながら、飲んだという。   

 関さん自身はこのように語る。

「俺が呑みに行っている飲み屋のばあさんな。一応定食屋って言うことになってるけど、誰も飯なんて食ってねえよ。来るのノンベばっかり。そのばあさん、昔は女王蜂のホステスだったな。美人だったかって、ブスだブス。もらった給料、全部女王蜂で飲んでな、金が足りなくなって、皿洗いしたこともよくあったよ。女王蜂の顔かって?ハハハ、女王蜂のゴミだな。 女王蜂がなくなるとき、片づけを手伝って、一時間で一万もらったな。 今でもその社長、生きててな、蒲田でよく会うよ。声をかけてくれるよ。この前、俺の飲み仲間で練炭自殺したやついただろ。あいつも女王蜂からの付き合いだったな。あいつ家が川崎なのに、女王蜂に通うのに定期を蒲田まで買って、それがばれて会社を首になったことがあったんだぜ。 キャバレー行ってよく親父に怒られたな。キャバレーみたいな安いとこじゃなくて、芸者で遊べってな。親父は金持ってたからな。 キャバレーっていうのは、おさわりしちゃだめだよ。よった振りしてちょっと触るくらいはあるけどな。 蒲田にはまだ二件のこってるよ。たまにしか行かないけどな」    

全くすがすがしいものだ。酒という一点で大地とつながり、酒という一点から世界を構築する。関さんは死ぬ瞬間、酒が飲めて全くすばらしい人生だったと思うだろう。こうありたいね。死ぬ瞬間に満足なら、その人の人生を否定することは誰にも出来ない。



【佐伯みのる】


私の勤めている会社は、現在従業員が5人なんだけど、この20年の間に20人くらい辞めている。このうち2人が死亡退職だ。
朝、会社に来ない。無断欠勤ってどうしたんだろうと思っていると翌日も来ない。近くの人がアパートに行ってみると鍵がかかっている。呼んでも反応がない。一週間ぐらいたって、社長が大家に連絡して鍵を開けてもらい入ってみると死んでいたというパターンが2回あった。佐伯さんもそのうちの1人だ。死んだときは63歳ぐらいだったと思う。  

佐伯さんは東北出身。すごくいい人で、性格は温厚、仕事ぶりはまじめ。そういえば、いつもコロッケパンを食べていた。  
市営住宅に奥さんと2人で住んでいた。すごく中のいい2人だったらしいのだけれど、奥さんが亡くなったんだよね。びっくりしたのは、佐伯さんは、奥さんの亡くなった翌日から会社に出勤してきたことだ。まじめさが魂の奥底まで食い込んでいた。  
奥さんが亡くなって、佐伯さんは、朝晩奥さんの仏壇に手を合わせるようになったらしい。会社が終わると、佐伯さんは、いつもトラックに向かって手を合わせて拝むようになった。 

「何やってるんですか、佐伯さん」 

と私が聞くと、 

「いやなにね、今日一日無事でありがとうって拝んでいるんですよ」 

と言っていた。朝、奥さんの仏壇で拝んで、夕方、車に拝んで、夜、また奥さんの仏壇を拝む。 
悪いことではないと思う。
美しい絵であると思う。
ただ残酷な絵でもある。  
拝むということは、伝統としての地域とつながっていて、さらにその伝統を子供に伝えるということにおいて実質がある。こういってしまうと申し訳ないのだけれど、墓参りや仏壇を拝んだりすることは、伝わる伝統地域、伝える子孫、これらがそろって始めて意味がある。孤立して都会に住む人間が拝みすぎると、心が空白になって、そこに過去の思い出が積もり始める。私はこれを比喩で言っているわけではない。実際にそうなんだ。  

佐伯さんは、奥さんが亡くなって1年ぐらいして、ちょっとおかしくなってきた。いつもボンヤリしているような感じ。ちょくちょく事故るようになった。トラックに乗ってのバックが怪しくなった。どこまでもバックして、最後何かにぶつけてブレーキみたいなことを1年に4.5回やったと思う。奥さんが亡くなって3年ほどたつと、受け答えも怪しくなってきた。

「佐伯さん、今日あのビルのゴミ回収に行きましたか?」

と私が聞くと、

「ウィー」という。

「行ったんですか?」 、「ウィー」 「行ってないんですか?」 、「ウィー」 

お手上げだ。よくよく聞くと、覚えていないということらしい。  
ある日の夕方、佐伯さんはお腹が痛いというんだよね。終業までなんとか働いて、トボトボ帰っていった。それから会社にはこれなくなってしまったわけだ。  
後で佐伯さんの兄なる人物が、社長の家に給料を取りに来たという。葬式とか、そのようなものの通知は一切なかった。本当に、ただいなくなって終わりという、それだけ。

【宮ちゃん】

宮ちゃんは知的障害者だったと思う。10年ぐらい前に辞めたのだけれど、生きていれば、今、70歳ぐらいだ。底辺会社だから、宮ちゃんみたいな知的障害者ももぐりこむ余地がかつてはあったのだろう。

宮ちゃんは、ひらがなも読めない。字も書けない。そのような人もいるだろうとは思っていたが、実際に目の当たりにするとちょっと驚く。底辺会社って、この世界と向こうの世界をつなぐ境目にあるともいえる。
  
宮ちゃんの支配者というのは、妹なんだよね。妹が宮ちゃんの給料を管理して、毎日の小遣いを渡す役割だった。  

驚くべきことに、宮ちゃんは結婚したことがあるという。

「妹が見つけてきたんだけど、足の悪いヤツでさー。妹が役に立たないからって追い出してやったんだよね」
 

宮ちゃんは、この言葉をそのまま言っていた。突っ込みどころ満載なのだけれど、あえて突っ込むこともないだろう。私が、子供は生まれなかったのか、と聞いたところ、宮ちゃんは


「結婚する時、パイプカットしたんだよね」

と言った。どうだ、お前、パイプカットって言葉を知っているか? みたいな勢いだった。 

いかにして?   


「いやね、妹がパイプカットした方がいいと言うんだよ」
  

いい意味にとれば、馬鹿同士子供が出来たら困るだろうということだし、悪い意味にとれば、優生学ということだろう。  
この条件を受け入れて、宮ちゃんはなおかつ自分は自由だと思っている。恐ろしいことだよ。私だって、宮ちゃんと異なっているとは言い切れない。  
宮ちゃんは会社を辞めた後、何度か会社に来た。どうしたの宮ちゃん? と聞くと、


「いやー、ちょっと忘れ物があってー」

みたいなことを言う。忘れ物とか言いながら3回ぐらい来た。最後にベテラン社員が宮ちゃんにこのように言った。


「おい宮、おまえボーナスが出ると思っているんだろう。妹より先にボーナスを貰おうと思ってるんだろう。心配するな、お前なんかにボーナスはでないよ。ジュースを買ってやるから、もう来るな」 
 

宮ちゃんは、糖尿病で甘いものが大好きだった。


【清野せんきち】


清野さんは、8年ぐらい前に死んだ。死んだときは52.3歳だったと思う。
独身の一人暮らし。笑い声が大きくて、ポッチャリ太った赤ら顔だった。自分の過去は、いっさい喋らなかったけれど、基本的に気さくでいい人だった。  

私の記憶にこびりつくのは、清野さんが死んだ時の状況だ。清野さんが、ある日無断欠勤した。翌日も来ない。どうしたんだろう、清野さん? と思っていたら、関連会社の人が私の勤めている会社まで来てくれて、こう言う。

「おたくの運転手さん、このまえパチンコ屋でぶっ倒れて、救急車を呼ばれてた。でもねー、救急車に乗らずに、そのままフラフラ帰って行ったんだけど、あの後大丈夫?」  

びっくりして社長に報告して、仕事の終わった後、一緒に清野さんのアパートに行った。  
清野さんは生きていた。  

パチンコ屋で倒れた拍子に足が動かなくなったということで、会社にこれなかったという。食事は宅配ピザを注文していたらしい。ピザの容器が室内に散らかっていた。救急車を呼んで、病院に連れて行った。私はそこで帰ったのだけど、社長が言うには、清野さんは、治療を終えて、最後松葉杖をついて自分のアパートへの階段を上るところまで見送ったということだった。 
 社長は翌日私に、

「清野さん、生きててよかったよー」 

と目に涙を浮かべて話していた。私は、あそこまで目に涙をためた大人を見たことはない。  
清野さんも、もちろんすぐには会社にこれないだろう。一週間ぐらいたって、社長が清野さんのアパートに行ってみた。そうしたら清野さんは死んでいたという。   
社長は詳しいことは話さないのだけれど、これはどういうことなのだろう。  
清野さんは社会保障に入っていなかった。フルタイムで働いていれば、社会保障は当たり前に入っているはずなのだけれど、底辺会社はそうではない。希望者には社会保障に入れないということもありえた。社会保障は労使折半だから、労働者の方から社会保障に入りたくないなんて言い出す人もいる。その方が会社も儲かるし、従業員も目先の手取りが増えて満足というということになる。清野さんはその口だった。だから健康保険に入っていないということになる。  
清野さんは生きることに投げやりだ。  
フルタイムで働いて社会保障に入らない。足が動かなくなったら、病院に行かず、会社に連絡せず、デリバリーで食いつなぐ。このようなことを、生きることに投げやりというのではないだろうか。
社長は何も言わないけれど、やっぱり清野さんは自殺だったと思う。   
清野さんの葬式の通知とかは一切なかった。




【小竹まんきち】


小竹さんは、63歳ぐらいだったか、去年退職した。10年ぐらい在職していた。この人、昔は大工で、職人の誇りというものを持っていた。  
これが極めて扱いにくいんだよね。
昔は職人だったかもしれないけれども、今はごみ屋なんだから、まあそれなりにやってくれればいいと思うのだけれど、いろんなところで職人魂を発揮して、こだわってくる。最後のほうは、自分の仕事をブラックボックス化して、他の人が手を出そうとしたら、犬のごとく吠え立てていた。  

ごみ屋なのに。  

何年か前まで、私が永久幹事として忘年会をやっていた。ゴミの中からでてきた切手やテレホンカードなどをみんなから回収して、1年ためて飲み代の足しにしていた。忘年会の翌日、小竹さんがすごく怒っていた。いや、何で怒っているのかと思って、それとなく聞いてみると、なんと、
「みんな2次会に行って、誰も俺を誘わなかったから」 
だという。そもそも2次会なんてなかったのに。仲のいいもの同志がその後キャバクラにでも行くというのはあったかもしれないが、そんなものは個人の自由だろう。びっくりしちゃって、この世界には、これほど妄想癖があって自分勝手で頭の足りない3拍子そろった人間がいるのかと思った。  
私は怖くなって、忘年会永久幹事を返上した。その後、2年ぐらいは社長の息子が忘年会の幹事をやっていたが、ここ何年かはうちの会社に忘年会はなくなった。  


小竹さんが辞める時。最年末に今年も仕事ご苦労さん、来年もよろしく、みたいな社長の挨拶が終わったときに、小竹さんはみんなの前で、来年の1月いっぱいで辞めるなんて突然発表した。  

いや、そういうのは社長と二人で話し合ってもらえますかみたいな。
  
小竹さんにしてみれば、自分が辞めるといえば、仕事もブラックボックス化しているし、みんな土下座して、「小竹さん、辞めないで」なんていう妄想でもあったのではないか。もちろんそんなドラマが実現するはずもなく、小竹さんはそのまま退職した。


【鈴木クマモー】


クマモーは44歳、身長170センチ体重90キロのゆっくりもっさりタイプ。去年の年末で会社を辞めちゃって、1年いなかったな。クマモーには内縁の年上妻がいて、中学2年の娘がいるという。  

底辺会社というのは、未婚率が異常に高い。60歳以上の人は、婚姻率がそれなりなのだけれど、50歳以下の男性の未婚率というのは普通じゃないよ。 
 ところが、クマモーは内縁とはいえ奥さんがいて、中学二年の娘までいるという。ここは詳しく聞いてみたいところだ。  
クマモーの奇妙な話の断片を、私なりに時系列にそって秩序付ければ、このようになるだろうか。  

クマモーは母子家庭だったのだけれど、クマモーが30歳の時、同居していた母親の愛人と喧嘩して、実家を飛び出したという。派遣の仕事をしながら、当時付き合っていた彼女とホテルを泊まり歩いた。そのうち、彼女は妊娠して、彼女の家に転がり込む。その家には、彼女の子供である10歳の双子の女の子たちと、旦那だと思われる男の人がいたという。ここは奇妙なところで、旦那がだよ、妻の間男を一つの家に引き受けるっていうのはないよ。クマモーにこの部分を突っ込んだところ、 

「あの人たちは、いい人たちだったっす」 

ということだった。  
何年かたって、旦那なる人物は死んで、クマモー一家は、クマモーと内縁の妻と、25歳の双子の女性と、中学2年のむすめの5人家族になった さらにクマモーが言うには、家でクマモーは、奥さんの遠い親戚のオジサンということになっている。中学2年の娘が高校生になったら、君の父親はクマモーだよと告白しようと、内縁の奥さんと相談しているらしい。可能性としての真実は2つあるだろう。クマモーの言っていることがだいたい正しいというのと、クマモーの言っていることは嘘で、クマモーの内縁の妻といっているのはただ単にクマモーの親戚のおばさんに過ぎないというのと。  

虚栄を張る人というのはよくいるよ。パチンコや競馬でいつも勝っているなんていう報告をしてくれる。つまらない人生を膨らませる必要というのは誰にでもある程度はあるだろう。しかし、クマモーのように未婚なのに、内縁の妻がいて娘までいるというでは、膨らませすぎではないか。人間存在まで創作しているわけだから。  

クマモーが会社にいる間は、奥さんや娘の話を聞くから、私のクマモー物語はそのつど補強される。しかし、クマモーがいなくなってクマモー物語が補強されなくなってくると、あれは嘘だったということになるよ。手入れされない家は生活感が失われてくるみたいに。  

架空の人間まで創作しなくてはいけないクマモーの人生。私なんかに嘘までつかなくてもよかったのに。


【派遣社員】


底辺会社も突発の仕事が入ると、派遣をつかう。引越し系派遣と呼ばれるもので、指示に従って動くことだけを要求される。だいたい食い詰めたような50歳以上のオヤジが多い。うちの会社が使う派遣会社の日給は都内にもかかわらず、7310円だという。これは最低賃金を下回っていると思うけれど。  

この底辺派遣というのはたいへんだよ。1日7310円というだけで、昇給というものはない。関東一円に送り込まれて、日々違う現場に行く。社会保障というものはない。  
若い人がスポットでこのような派遣に登録して稼ぐ、というのなら問題ないのだけれど、底辺派遣のメイン層というのは、50代60代の派遣が定職というようなオヤジたちだ。  
このオヤジたちはまさに日本の底辺だ。うちに定期的に来る派遣オヤジの話によると、派遣仲間にはコンビに強盗で捕まるやつがけっこういるという。ここ5年で3人いたらしい。普通の人はコンビニ強盗はしない。私の直接知っている限りの人でコンビに強盗をした人はいない。ところが派遣仲間の3人もコンビニ強盗で捕まったという。どういうことなのか聞いてみた。
このように派遣のやつは言っていた。  

「簡単に考えるんだよ。コンビニがある、お金がある、奪うみたいなもんだよ」  

派遣仲間の間では、出来るだけおとなしくするというのが鉄則らしい。生活保護を貰いながら派遣をやっているパターンも多いから、生意気なヤツだとすぐ区役所にちくるようなやつが現れる。しかし、生活保護を貰っているかどうか他人が判断できるものなのか? 派遣のオヤジの話によると、  

「そりゃあ分かるよ。あいつ先月、今月、何日も働いてないのに生活できるということは、まあそれは生活保護ということだよ」  

そういうことらしい。 
 最低限の小市民的な生活からこぼれ落ちたり、自ら拒否したりすると、このような派遣生活になるわけだ。50になってあの派遣生活はかなりきついと思う。それは自分のアパートに夜帰っても真っ暗で、電灯のスイッチを毎日手探りする生活だろう。悪いとは思わないけれど、覚悟のいる生活だとは思う。


【まとめ】


ここ20年で底辺会社の印象に残った人たち6人を描写してみた。底辺において、この人たちは特別特殊というわけではない。総じて言えるのは、みんな結構自由だということだ。仕事は勝手にやって、お金はあるだけ使って、言うべきことではなく言いたいことを言う。
彼らは学校教育で何を学んだのか? 
読み書き以外何も学んでいないというべきだろう。そもそも学校教育からは、誰も何も学ばない。私たちが学んだような気になるのは、時がたつにつれて同じようなレベルの人間が集められるからだ。

私が思うのは、学校教育とは教育のシステムではなく、選別のシステムだということ。例えば、学校で数学は教えるけれども、数学的な考えというものは教えない。数学についていけない生徒は、理系という枠から排除される。学校教育では、全てがこの調子だろう。合理的思考法が出来る人間がいれば、将来の社会に有用たる人材となるよう上位の大学にプールする。合理的思考法が出来ない人間は、早めに社会にばらまく。これは教育ではなくて選別。  
このクールさはどこから来ているのかというと、学校システムが、人間の思考法にまで手を突っ込むことが出来ないということからだろう。これはこの世界の、やさしさであり甘さだろう。  

私は今から考えると、子供のころ発達障害だったと思う。いま底辺会社とはいえ普通にやっていけているのは、救われたからだ。学校教育に救われたのではなく、文学に救われた。この世界の優しさゆえに、文学という一筋の血路が私にとって存在したからだ。  
この民主主義の世界は残酷だけれどやさしい。このやさしさに甘えるのではなく、このやさしさを大事にしていったらいいのではないかと思う。  
この世界が崩れ去れば、次は人間の思考法にまで手を突っ込む社会がたち現れてくるだろう。

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