丸一年北海道美瑛町の肉牛牧場で働いた経験から言うと、

牧場の仕事はきついです。

人間関係はいい人たちばかりだから問題ないのですが、給料は北海道の最低賃金ですし、仕事内容はかなりの力仕事です。
男性は特にきついところに回されがちですから、男性の場合、平均以上の体力がないと長くはもたないです。

一生続けていくなんて考えにくい仕事ですが、若い時に時間を限って働いてみるというのはありです。大きい牧場なら若い女性もたくさん働いていたりしますから、青春の思い出作りにはなります。

実際にどんな感じなのか、私の体験を書いていきたいと思います。

「白金温泉」の画像検索結果



【北海道の夏と冬】



北海道の夏は涼しかった。7月には草原に大量の赤とんぼが飛んでいて、                         

「もう秋?」
                                                               という感じだった。

草原というのはたとえではなく本当の草原

うちの牧場は美瑛のあちこちに牧草畑を所有していて、夏になるとその牧草を回収しに行く。牧草といっても見た目はただの草。その草をロールべーラーで丸めて、トラックで回収して回る。

私はショベルでトラックにロールを乗せるのをやらせてもらった。トラックも30分に一回ぐらいしか来ない。巨大な牧草畑のど真ん中で、ひとりぽつねんとして赤とんぼを眺めていた。                  

北海道の冬はクソ寒かった。

日中でも氷点下だから、一度降った雪は春まで融けない。樹氷?というのも見たけど、別にキレイだとも思わない。これだけ寒いと木も凍るよねと思っただけ。

冬に牧場の外をショベルで走っていたら吹雪になった。3メートルぐらい先が見えない。世界は真っ白。ショベルも裸ショベルですごく寒い。逃げ出そうかと思ったのだけれど、逃げるところなんてない。何とかショベルで20分ぐらい走って牧場にたどり着いた。                                                    

人生には逃げ出すことのできない場面というのがあるんだな、と思った。


【奇妙な人】



美瑛の牧場にも奇妙な人というのは一定数いた。


その筆頭はやはりあののオジサンだろう。

私が牧場で働き始めて半年ぐらいたった時、40歳ぐらいのオジサンが牧場に新しく入って来た。
身長は165センチぐらいのすんくりむっくりの体型で、目はどんよりしていて性格もかなり気の弱いような感じだった。

これだけだと普通のダメオヤジが来た、というだけなのだが、なんとこのオヤジが小学4年生の女の子を連れていた。さらにこの女の子、将来はかなりの美人になるのではないかと予感させるような顔つきで、礼儀正しく性格は控えめ。牧場には従業員のための食事つきの寮があって私もこの親子もここで生活していたのだが、この女の子は食事の後お父さんの夜食のために大きいおにぎりを3つほど握っていた。

牧場の社長には小学5年の孫娘がいて、孫娘と女の子はすぐ仲良しになったみたい。牧場には社長の飼い犬がいて、よく2人と一匹で遊んでいた。この犬には自分の犬小屋の上に登って降りられなくなるという特技があって、2人で我が家の上で遭難した犬をよく助けてあげていた。

3ヶ月くらいたって、この親子は突然いなくなった。牧場って楽な仕事ではないから、人が突然やめるということはある。しかし一人者なら話も簡単なのだが、親子2人で日本の辺境をさすらうというのはありえるのだろうかと思って。


【チンピラカップル】



秋だったかな。ちょっとオラついた二十歳ぐらいのチンピラカップルが牧場にやってきた

男の方は最初やけに私を睨むんだよ。後で聞いたところによると、これはチンピラの挨拶みたいなものらしい。私とチンピラ男とはすぐ仲良くなって、あいつ
                                                             「mさんって、最初はいやな感じのやつだとおもったんっすけど、じっさいはそうでもないっすね」

みたいなことをなれなれしく言っていた。                                                                                                                

「いっしょにいるの、あれ彼女?」                                                 「かわいいっしょ」                                                          「なに、どうやって知り合ったの?」                                                「東京の百貨店の階段で座っていたのをナンパしたんっす」                                                                                                     

階段に座っていたのをナンパしたというのはリアル、今でもはっきり覚えている。
たいしたものだよね。カワイイと思った女の子をナンパして、仲良くなって北海道まで引っ張ってくるんだから。
                                                                                      うちの牧場に、柴田という独身のベテラン40男がいた。母親と二人暮らしで、母親は牧場の寮のまかないの仕事をしていた。こいつは何かにつけて威張るいやなやつだった。柴田がチンピラカップルをうらやましそうに見ている。そして、
                                                                 「オイお前、夜はお楽しみなのか?」
                                               とか言っちゃうんだよね。私は、人間こうはなりたくないと思った。お前も若いころに階段に座っている女の子をナンパすればよかったのに、

ああでも残念もう手遅れだけどね、

と思った。                                                                                              

かっこつけすぎるとろくなことがない


【インパクトのあった村岡さん】


牧場で一番インパクトのあった人っていうのは、やっぱり村岡さんだね。

村岡さんは私より3ヶ月ほど後に牧場にやってきた。年は30歳ぐらいか。顔がすごく大きくて、目鼻立ちがはっきりしていて、髪型がリーゼントという。目力がすごくて、おまえ魁!男塾かよっていう第一印象だった。
人間としてはすごくいい人だった。情に厚くて思いやりがあって、でもちょっと暑苦しい感じではあった。                                       

牧場の人とはよくカラオケに行った。今はどうなのかよく分からないのだけれど、20年前、特に美瑛では若い男女が手軽にきゃいきゃいできるのはカラオケぐらいしかなかった。

今考えてみると、彼氏彼女のいる人は歌を歌うのだけれど、いない人は恋愛トークみたいなことだったのだろう。私は結婚しているのでブルーハーツを歌い、村岡さんはナンパトークに勤しむというパターンだった。
                                                                                                   私は正直、村岡さんは彼女をつくるのは難しいのではないかと思っていた。20年前、1995年当時というのは男女関係の変わり目の時代で、男が前、女が後ろという昭和的な型にはまった男女関係が崩れ始めて少したった時だった。                                                                                                                                  

冬だったかなー。村岡さんが私の隣に来て、                                       

「俺、付き合うことになったんだ」                                                 

と言うんだよね。
                                                         「誰と?」                                                              「あいつだよ」                                                            

村岡さんは、女の子たちの中で一番地味な子を私に目配せする。
男と女は時代的な条件を超えて求め合うのだと思ったよ。村岡さんと一番地味な地味な女の子は、そのあと隣あって、村岡さんが何か喋ると女の子がうつむきながらうなずくという、そんなシチュエーションを繰り返していた。
                                                                                             「俺がおまえを守るから」
「うん」                                                                                                                                  

こんな愛のささやきだったのかな。                                                                                                                

お互いがお互いの胸を掘り崩した
                                                 こういうのも悪くないよね。


【私は川崎に彼女を置いて美瑛に来ていた】


美瑛では自宅の周りの草を夏場に一回刈らなくてはいけないというルールがあった。自宅の周りと言ったって、北海道の牧場となると、それは莫大だ。私一人が専属で、10日ぐらいずっと草刈をしていたことがあった。

想像してみて。北の大地で何日も肩掛けタイプのあの草刈機で草を刈る。                                                                                          

そんな夏のある日、私の彼女が川崎から美瑛に遊びに来た。牧場を休んで、二人で近くの温泉に行った。

白金温泉というところだったと思うんだけど。泊まったのはやけに寂れた温泉宿で、やっぱり二人は若くてあまりお金がなかったのかな。
                                                                                             まあでも、新婚夫婦には温泉宿のグレードなんてのはたいしたことではない。愛を語って、やることをやってだね、幸せな眠りにつくだけだ。気持ちよく寝たのだろう、

そして私は夢を見た。
                                                                                         北の大地に草原がある。風が吹いて、草がざわざわとゆれるんだよね。ここまでは普通なんだけど、その後何かが私の心臓をぐっとつかんで、瞬間私は草を刈らなくてはいけないと気がついてしまった。

私はなんてバカなんだ、

ぼんやりと草が風になびくのを眺めていたなんて、私のやるべきことは草を刈ることだろうみたいな。

私は布団を跳ね除けて、廊下への扉を開けたときに、ここは草原ではないということに気がついた。おずおずと妻のいる布団に再びもぐりこんだ。
                                                                                                                 あれから20年たった。子供も4人生まれた。上の男の子は19歳になる。妻にはいまだに、              

「お父さん、草刈らなきゃ!! って言いながら廊下に飛び出したんだよ」
                        
と言われるんだよね。ニヤニヤしながらいきなりこれを言う。北海道と言う単語が出るたびに、            

「そういえば、北海道でおとうさんは草刈らなきゃ!! って言いながら廊下に飛び出したんだよ」            

初めてこれを聞いた子供は、                                                 

「何でお父さんは草を刈るの?」                                                「何でお父さんは廊下に飛び出すの?」                                             

と尋ねる。うーん、何でだろうね。
                                                                                                                 いやほんとにごめんなさい。私があなたを置いて北海道に行ってしまったのは、全く私が悪かったです。またあの温泉に、あの牧場にみんなで行きましょう。


【最後、牧場の労働条件について】

                                                これは最低だったね。

私の勤めていた牧場は、日給が5000円の日給月給で、労働時間は朝の7時から夜の6時まで、途中1時間半の昼休みがあった。実働9時間半だ。おそらくこの時点で、20年前の北海道最低賃金は下回っていただろう。さらにこれに、朝20分程度のサービス早出労働推奨と、夜の6時から20分程度のミーティングが加わる。正直実働は一日10時間越だ。
                                               あと休日なんだけれど、これがないんだよね。祝日とか日曜日は存在しない。ただ日曜日だけは午前の10時から午後の4時まで拡大版昼休みが存在した。一日休みたい人は事前に報告するんだけど、これも1ヶ月に2日以内という暗黙の了解があった。
                                                     産業革命時のイギリスの労働者ももうちょっとマシだろうというレベルだ。ここで1年持てばよそでは10年もつといわれたけれど、それはそうだろう。そんな言説は自慢にならないよ。
                            
今になって思うのは、北海道の牧場というのは、自分探しをする若者の労働力を搾取する場所だということ。そして経営者が儲かっているかといえば、別にそういうわけでもない。社長自身が年中無休一日10時間労働だったから。
                                                                      あれから20年たって北海道の労働条件もかなり変わったと思う。ただ首都圏に比べれば労働が安くてきついのは変わりがないだろう。実際に1年間牧場で働いた人間としては、あえて北海道で働くということは推奨できない。確かに北の大地で精神が鍛えられるということある。だけど精神鍛錬なんてどこでだってできるから。