【太平洋戦争の原因】


結論を先に言ってしまうと、当時の日本にとって対米戦争を回避するという選択が、政治的に不可能だったからというものです。

これは、現代日本において、社会保障を減額するという選択が、政治的に不可能なのと同じです。



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試しに太平洋戦争に至る道をさかのぼってみましょう。

【昭和16年9月の御前会議】
【昭和12年8月 第二次上海事変】
【昭和12年7月 盧溝橋事件】
【昭和6年9月   満州事変】




【昭和16年9月の御前会議】

昭和16年8月のアメリカの対日石油全面禁止を受けて、第三次近衛内閣時に行われた御前会議。

アメリカの経済制裁解除が、対米戦争回避の条件として決定された。のちにアメリカは経済制裁解除の条件として、日本軍の中国大陸からの撤退をあげてきた。

当時、日本は中国大陸で何年も日中戦争を戦っていて、アメリカの恫喝によって中華民国と講和するというのは政治的に極めて難しかった。

ではそもそも、日中戦争とはなぜ起きたのだろうか? 


【第二次上海事変】


日中戦争の直接の原因というのは、昭和12年8月13日、中華民国軍が上海にあった日本租界に進駐し、それに対して日本軍が反撃した「第二次上海事変」にある。
はっきり言ってしまえば、中国軍の先制攻撃だ。

やられたらやり返すの精神で日本軍も反撃して、日中戦争という大戦争になってしまった。

先制攻撃した中国が悪いと言えなくもないのだけれど、それまでの日本による対中政策が極めて挑発的で、現代において日中戦争の原因論で日本の肩を持つような論調はほとんどない。

第二次上海事変に至る道として、中国の対日感情が極めて悪化した事件がある。


【盧溝橋事件】


昭和12年7月7日に北京近郊の盧溝橋で日中両軍の衝突事件が起きた。どちらが最初の一発を撃ったか、なんていう議論もされるのだが、大きい枠組みで考えれば、最初の一発とかはたいした問題でもないだろう。

中国軍の最高責任者であった蒋介石は、この事件によって対日戦争の腹を固めたとされている。

しかしそもそも、なぜ日本軍が首都北京の近郊に軍事展開していたのか?


【満州事変】


昭和6年9月18日、日本軍は現在の中国瀋陽市で自作自演の爆発事件を起こし、それに乗じて、現在の中国の遼寧省・吉林省・黒竜江省などを占領した。
日本はこれらの地域を、昭和7年、満州国として独立させた。

現代から見ると、日本はちょっと考えられない乱暴をしている。

そもそもなぜこのようなことを日本軍がおこしたのかというと、日本は満州に「満州鉄道」という権益を持っていた。
昭和に入り、中国でも国民運動が高まって、この満州権益が中国に回収されそうになっていた。

この満州権益というのは、日露戦争で手に入れたもので、日本はこれを政治的に手放すことができなかった。


【結論】


どこまで遡っても、太平洋戦争の根本的原因などというものは発見できないです。
太平洋戦争は、選択可能な政治判断を積み重ねた結果としか言いようがないですね。




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