意識高い系のお金を集める条件というのは、意識が低い系を踏み台にするという、結局そういうところに行きついてしまう。

意識高い系の成立要件、みたいなことを言うと難しくなってしまうのだけれど、結局、意識高い系が成立しなくなってしまったのは、全体の経済が成長しなくなってしまったからというところに行きつくだろう。

全体が成長しなくなってしまうと、こじゃれた音楽を聴いてもピンとこないし、機転の利いた話を聞いてもバカバカしい感じになってしまうし、ホントどうしようもない。結局元居た場所に戻るんでしょ? みたいな意識が目覚めてしまう。

その場で楽しいこと、その場で面白いことにアクセスが集中してしまうことになるだろう。

意識高い系の論理の要点というのは、成長している分野に資源を集中する、ということになる。この社会で成長しているのは何かというと動画ということになるのだろうが、動画程度の大きさのカテゴリーだとどうだろう? 多くの人を引っ張っていくほどのエネルギーにはなりえないだろう。

この世界って、成長することが前提でつくられているみたいなところがあるから、こうなってくると矯正不能ないろんな歪みが生じてくるだろう。
仕事をしてうつになる人が大量発生したり、男の3割が結婚できなかったり。

全体の解決策というのもない。
ただ個別の解決策というのなら、かっこつけないでオープンマインドに生きて、そのマインドにふさわしい社会階層に移行するということだと思う。

例えば、外貨建ての保険商品を情報弱者の老人に売るのに引け目を感じるようなメンタルレベルの銀行員は、そんなの辞めて肉体労働者に移行するとか。

お金が少なくても幸せに生きること自体は可能だろう。