ネタバレ的なことを書いてしまっています。ライトノベル出身の作家さんで、直木賞も取りました。

13歳の中学生の女の子が主人公です。クラスに転校生がやってきて仲良くなるのですが、一カ月もしないうちに、その転校生が父親に殺されてしまうという話でした。

この小説の題名は「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」というものなのですが、なぜ弾丸を撃つのかということについて私の仮説を展開します。
例えば本文にこのようにあります。

「藻屑(転校生の名前)。藻屑。もうずっと、藻屑は砂糖菓子の弾丸を、わたしは実弾を、心許ない、威力の少ない銃につめてぽこぽこ撃ち続けているけれど、まったくなんにも倒せそうにない」

この弾丸というものが何かの隠喩だろうと普通は考えると思うのですが、実際はそうではなく、もっと直截的なものです。
「見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる、本当の声を聞かせろ」
という意味です。
これはブルーハーツの「トレイントレイン」の歌詞です。桜庭一樹はこの「トレイントレイン」のイメージを膨らませてこの小説を書いています。

なぜそのようなことが言えるのかといいますと、桜庭一樹の「ファミリーポートレート」という小説の中に、ブルーハーツの真島昌利作詞作曲の「青春」と全く同じイメージの高校が出てきます。校庭の隅に姫林檎の実がなっていて、音楽室では少年がジェリーリースタイルでピアノでブギーを弾いています。「青春」の歌詞そのままです。
同じく「少女ナナカマドと七人の可愛そうな大人」では、主人公の女の子は鉄子で、部屋の中に鉄道模型を作って眺めるのが趣味です。これは結局、「栄光に向かって走るあの列車に乗っていこう」ということで、これも「トレイントレイン」の歌詞です。

ですから、この小説で彼女たちがポコポコ撃っているものは、比喩としての弾丸ではなく、見えない銃に込められた弾丸です。

この小説は転校生の女の子が、転校して一カ月で父親に殺されるという救いのない内容なのですが、小説内の雰囲気は全く救いがないというものではないです。それはなぜかというと、
「ここは天国ではない、かといって地獄でもない」
からです。

桜庭一樹は1971年生まれということで、リアルのブルーハーツ世代です。女性でブルーハーツファンというのも珍しいと思います。

おまけ解説

あのラストが悲しすぎる理由なのですが、
10年に一度、同じ月の同じ日に嵐が来ると藻屑は思い込んでいます。それは結局、
「世界中に定められたどんな記念日なんかより、あなたが生きている今日はどんなにすばらしいだろう」
ということになるでしょうし、
藻屑がバラバラにされて積み上げられて置かれるというのは、
「世界中に建てられてるどんな記念碑なんかより、あなたの生きている今日はどんなに意味があるだろう」
ということになると思います。