現在から戦後の言論を読み返してみると、リベラル勢力より保守のほうが言論のレベルが高いです。丸山真男よりも竹内好のほうが言葉の力を持ちます。

しかし戦後からソビエト崩壊までは冷戦時代であって、日本は自由主義陣営の一翼としてアメリカにベットするしかありませんでした。戦前のことを考えても意味がなかったのです。そんな時代においては、右翼はチンピラの戯言であって、左翼はインテリの言論遊戯でした。
それでよかったんですよね。冷戦という枠組みがあったから。とぼけたことを言っても、所詮は枠組みの中の言論であって、誰もが自らの言論に責任を持つ必要がありませんでした。

冷戦が終わって枠組みが外れてしまった。
1980年代には、すでに自由主義陣営の勝利は明らかでした。明らかだったのだけれど、一応ソ連というものは存在していたし、自由にやって経済が発展すれば、それはよりソ連を追い詰めることになるし、まあやりたいだけやっちゃえみたいなことになりました。右派は経済の自由を、左派は精神の自由を呼号しました。

バブル崩壊のあとのソ連解体。
自由主義陣営の勝利万歳みたいな感慨はありませんでした。だって自由主義陣営が勝つのは分かっていましたから。ソ連は末期、計画経済で疲弊して、商店に物が並ばないなんてことが、たびたび報道されたりしました。やっぱり計画経済より自由主義経済だよね、みたいな論調がマジョリティーでした。

あれから25年。特に日本でなのだけれど、自由主義の勝利って何だったのかなって思います。
安倍政治というのは自由主義の否定でしょう。しかしこの安倍政治が長期政権ですから。去年が衆議院の選挙でしたから、任期はあと3年。安倍首相がもうあと1年首相をやれば、桂太郎を抜いて歴代首相在任日数ランキングのトップになります。
桂太郎を抜くんですよ。桂太郎というのは、日露戦争時の総理大臣で明治天皇の信頼もきわめて厚かったです。なおかつ桂園内閣と言って、薩長閥の代表として西園寺公望と二人で総理大臣という職をたらいまわしにした人物です。この桂太郎を首相在任日数で抜くだろうというのだから普通ではないです。

そしてこの安倍政治を批判するべき自由主義陣営がどうしようもない。
一体保守はどこに行ってしまったのでしょうか。でもこれをよく考えると、冷戦時代の保守というのは、経済は自由主義だとは言っていたのですが、かなり福祉政策にかじを切っていて、ソ連の戯画化されたような計画経済よりは自由主義的だったというものでした。

問題はリベラルです。現在のリベラルの劣化というのはどうでしょう? 
はっきり言って、現在のリベラル陣営というのは右翼を叩くことで留飲を下げているというレベルです。そもそも右翼の言論というのは、30年前まではチンピラの戯言扱いだったのですから、知的レベルの高さを自認するリベラルが、右翼と同じ土俵でガチンコ勝負せざるを得ないというだけでもうすでに劣化なのです。
こうなると右翼の作戦勝ちです。少ない手駒でリベラルの大軍勢を引き付けているわけですから。その結果、安倍政権はとんでもない長期政権になってますから。

リベラルにとって何が悪かったのかというと、戦後、冷戦という枠組みが与えられたから、それに寄り掛かって、自らの論理を鍛えることを怠ったからです。ではどのような言論を鍛えるべきだったのかなんて言うことは、もう分からなくなってしまっているのです。

安倍晋三には戦前という根拠があるけれど、リベラルには根拠がなくなってしまっています。リベラルがぼんやり寄り掛かろうとしている根拠とは冷戦時代の根拠であって、ふざけきった馬鹿を言うものありですよ。
このままでは世界が壊れてしまうと嘆くリベラルもいるでしょう。それはそうです。リベラルの世界観は壊れてしまうでしよう。リベラルにとって世界は崩壊するでしょう。
真理とは決して真実などというものではなく、それなくしてはその人が生存できないものであろう条件なのですから。



magamin1029