第一次世界大戦以前のヨーロッパというのは、いろいろあっただろうけれど基本的に平和な世界だったと思う。各国の指導者層の間に、同じ文化を共有していることからくる暗黙の共通認識があったろう。  
第一次世界大戦の発端は、セルビア人によるオーストリア皇太子暗殺だ。正直、この事件自体はたいしたものではない。オーストリアはセルビアに宣戦布告をしたが、適当にセルビアをいじめておけば、そのうちどこかの国が幕引きの仲介をしてくれるだろうと考えてはいただろう。そしてオーストリア側に立ってドイツが参戦、セルビア側に立ってロシアが参戦、ロシア側に立ってフランスが参戦、ということになり大戦争の様相を呈してきた。しかしこの時点でも、多くの人は、クリスマスまでには戦争は終わるだろうと考えていた。ところが、世界戦争は4年続き、死傷者3000万人という大戦争になってしまった。   

これは結局どういうことなのかというと、多くの人は、ヨーロッパには社会秩序に対する暗黙の共通認識があると思っていたのだけれど、実際にはその共通認識はある水準以下に低下していた、ということだろう。だから戦後、ベルサイユ条約や国際連盟の創設によって、侵略の不可ということが明記されるようになった。  
すなわち、ベルサイユ条約で侵略が不可とされたから、それ以前の侵略は許されて、それ以後の侵略は許されないとか、そのようなことではない。ヨーロッパ諸国間で、いままでの暗黙の共通認識では秩序維持は怪しいので、暗黙のところを明文化しようというわけだ。  
ただヨーロッパ文明内の秩序維持の問題であって、基本的に日本とかは関係ない。日本が弱体化してヨーロッパのどこかの国に侵略されたとしても、ベルサイユ条約に基づいて国際社会が助けてくれるとか、ベルサイユ体制というのはそのようなものではない。現に日本はベルサイユ会議に、人種差別反対条約の申請をしたが、あっさり無視されている。




magamin1029