私は現在47歳なのだけれど、父親は私が27歳の時に53歳で死んだ。20年前ということになる。死因は肝硬変だった。酒の飲みすぎだろう。

朝から飲んでいた。 
仕事は青物市場経営。小さい会社だったけれど、社長なわけで、酒気帯びでも誰も文句を言う人はいなかったのだろう。 
酒が好きだというわけではなかったと思う。気が弱い人だった。、酒を飲まなければやっていかれなかった、というのが真実だろう。  

父親の事はあまり好きではなかった。私が子供のころの夕食時、父親はテレビで野球を見ながら、酒を飲みながら、白菜の出来はどうとか、みかんの出来はどうとか、なんていう話をしていた。 
私はそんな会話がいやだった。野球とか、白菜とか、みかんとか、そんな話どうでもよくないか? って思った。私は子供のころから勉強が出来て、中学、高校はちょっと遠くの中高一貫の進学校に行った。本が好きで、中学生の時から、カフカとかドストエフスキーを読んでいた。ますます父親との距離が遠くなった。彼は白菜の話がメインなんだから、正直、共通の話題とかはない。 
私が大学の時も、父親との関係は同じようなものだった。私がヘーゲルやニーチェを読んで、人生の難問に挑んでいるつもりになっている時に、彼は相変わらず白菜の話だから。   

怒りすらわいたね。   

普通、父親ってサー、子供に人生の有益なアドバイスを要所要所に与えるものなのではないだろかって、それがいつまでたっても自分の野菜王国が気になってしょうがないような感じだった。 結局最後まで、父親とまともに話したことはなかった。父親と息子って、息子が成人した後には、一緒に酒を飲んで、なんだか腹を割って話すみたいな美しい物語があったりしがちなのだけれど、私と父親との間には、そのようなことは全くなかった。 父親が死んだ時、父親の会社の貸借対照表というのを見せてもらった。まあ、ひどい内容でね、あれだけ頑張ってこの程度かと、ガッカリするより納得するような感じだったと記憶している。  
父親が死んで3年ぐらいたって母親も死んだんだよね。実家の風呂場で死んでいた。警察によると、死因は脳溢血だっという。死因は脳溢血と心筋梗塞が疑われたのだけれど、検視の結果、脳溢血と判定された。なんだか、脊髄液の濁り具合で分かるらしい。  
思ったのは、あの二人は愛し合っていたんだな、ということ。私の父親は、背がすらりと高くてイケメンだった。母親はそんな父親を好きになったのだと思う。二人は恋愛結婚だった。いくらイケメンでも、頭の中身が野菜王国では意味がないだろうと、私は思うのだけれど、母親は違った。頭のいい女性だったけれども、父親の事が好きだったのだろう。3年で後を追いかけていったから。長い年月の間に、夫婦が互いに互いの胸を掘り崩すというのはあるという。  

あと6年で、私も父親が死んだ歳になる。  
べつに感慨とかもない。私も結婚して子供もいる。私が子供に気をつけていることは、野菜の話はしないということ。彼らは野菜に興味がないだろうし。その代わりドストエフスキーの話をして嫌われているという。  
妻は私が死んでも、すぐに追いかけてきたりはしないだろう。女性の平均寿命まではしっかり生きる勢いだ。  
結局、私は、父親を越えたということもないし、超えていないということもないのだろう。


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