あらすじ・ネタバレ解説 あります。 王子はたぶん死んでますね。

「マリアビートル」のあらすじなんですけれど、

蜜柑と檸檬の殺し屋コンビ、たちの悪い中学生と元殺し屋、七尾という腕はいいのだけれど気が弱く運の悪い殺し屋、この3グループが、東北新幹線という閉じられた空間で一つのトランクをめぐって争う、という話でした。

七尾の運の悪さというのは普通ではないのです。簡単な仕事のために入ったお店で銃撃戦に巻き込まれたりとか。
これで私、ピーンときました。
この小説世界で作者の意思を代弁するような何者かが、七尾の運をコントロールすることによって物語を大団円に持っていこうとするだろうって。だっておかしいじゃないですか。殺し屋が携える奇妙な不運さが小説の整合性の根拠に何の関係もないとするなら、その不運さは小説の整合性を棄損するものでしかなくなるわけですから。

特異な設定から作者の代弁者が物語をあからさまにコントロールしようというのは、伊坂幸太郎の得意のパターンです。彼のデビュー作、「オーデュボンの祈り」では「喋るカカシ」がこの役でした。
これが作家の態度として悪いというわけではないです。普通の作家は、近代小説の三人称客観形式を利用して個人的な世界観を普遍的な世界観だと主張しがちです。しかし伊坂幸太郎はそういうのが嫌いなのでしょう。誠実な態度だと思います。
この小説の中で、たちの悪い中学生が大人たちに、
「なぜ人を殺してはいけないのか」
と質問して回ります。どの回答にも中学生は納得しないのですが、こういう小説内問答も、個人的な世界観を普遍的なものだと主張するのを拒否するような、伊坂幸太郎の小説家としての誠実な態度の表れだと思います。

ここからネタバレになります。

七尾の不運が、最終的に小説世界の大団円に役に立ったのかというと、実はそうではなのです。たちの悪い中学生をとっちめたのは、七尾の不運てせはなく突然現れた伝説の殺し屋でした。ちょっとアレッていう肩透かしを食らわされた感じでした。多分この小説は、作者の中で続編予定なのでしょう


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