現代日本の20代(この本の出版は2011年9月なので、2018年現時点では7年たっている)は、生活満足度が高いという。
その理由は著者の分析によると、
日本においては最低限の生活は保障されていること。
ネットツールの発達により、簡単に友達同士の相互承認のコミュニティーに参加できるということ。
の二つにあるという。

著者の論理の筋道をざっくりまとめると、
現代の若者の多数は小さい相互承認のコミュニティーで満足している。確かにSEALDsのような善意で日本を盛り上げようというリア充集団もいるし、ネトウヨのような国家主義にコミュニティーを求める人たちもいる。しかし多数の若者は近代国家というものに意識の力点がない。しかしそもそも近代国家日本は明治維新以降に創られたもので、このまま時がたてば日本は明治維新以前の中世的江戸世界に自然と移行していくであろうし、別にそれでかまわないのではないか、というものだ。

この論理にそって、著者は自分も含めた現代日本の若者を「生温かい目」で見るという姿勢をこの本全編で貫いている。

「絶望の国の幸福な若者たち」の文庫本には、この本の出版の4年たった後の著者の心境の変化みたいなものが脚注や追記として書かれている。この中で著者は、江戸時代は前近代ではなく「前期近代」ととらえる認識に変化したという。

これは大変な変化だよ。この本の論理の根底を覆すレベルだ。

日本の前期近代がいつ始まったのかを精密に考えるなら、戦国大名が現れた時だろう。すなわち前期近代以前となると、室町の荘園制度時代ということになる。近代が終わって江戸時代に戻るならまだしも、室町中期に戻るとしたらちょっとヤバイのではないだろうか。
著者自身も4年後の追記に、近代システム崩壊後の無政府状態は時に戦争よりも多くの犠牲者を生み出す、と書いていて、シリアの内戦などの例をあげている。
時代を生温かい目で見る本書の追記に危機を煽る文言のあるこの文庫版は、とても一貫した主張のある論理構成だとは言えない。
まあでも逆に考えるなら、新しい考えをフレキシブルに取り入れる著者の態度は誠実であるとは言えるわけで、ここからの著者の活躍に期待したいとは思う。