伊坂幸太郎「ラッシュライフ」は映画化もされていますね。ネタバレをしていますので、この作品をもっと知りたい方のためのレビューになります。


「ラッシュライフ」は「オーデュポンの祈り」に続く伊坂幸太郎の第二作目の小説らしい。五つの物語がバラバラに進行する。

たちの悪い拝金主義者の画商の話。
ちょっとスマートな泥棒の話。
未来を予言できるとされる「高橋さん」を信じる集団内での話。
失業して離婚して郵便局強盗未遂までしてしまう豊田という男の話。
それぞれの配偶者を殺す計画を立てるダブル不倫の男と女の話。

この五つの話が小説の残りページが少なくなるにつれて徐々に重なってくるという形式だった。特に五つの話は同時進行的に語られていたのだけれど、実は2.3日のずれがあったらしく、例えば昨日失業者豊田が会った女性は今ダブル不倫の相手である男に裏切られて憔悴した女性であったとか。
空間的だけではなく時間的にも五つの話を関係させて、小説としての一体性を形成しようということになる。

ここまでは表の書評。ここからは裏書評。

伊坂幸太郎の前作「オーデュポンの祈り」では、喋るカカシがでてきて未来を予言したりしていたのだけれど、実はこのカカシは二羽の鳩を救うために状況をコントロールしていたという落ちだった。無意味に見える出来事はカカシによってコントロールされていたということによって、整合性のある小説世界が立ち現れるという。いうなれば小説という表現形式に対するイロニーだ。

同じことが、この「ラッシュライフ」にも言えるのではないだろうか。
この小説の最後で、無職の豊田は拝金主義の画商から野良犬を守るのだけれど、これは守るのではなく守らされているのではないだろうか? 誰によってかというと、未来を予言できるとされる「高橋さん」だ。「高橋さん」は犬を守るために全体をコントロールしたとするなら、これは「オーデュポンの祈り」と構造的には同じとなるだろう。

「高橋さん」は「オーデュポンの祈り」のカカシよりも隠微に世界をコントロールしているのではないだろうか、ただ一匹の野良犬を救うために、さらには世界に小説としての整合性を与えるために。

「ラッシュライフ」を精密に読めば、「高橋さん」が世界を整合的にするためにまいた伏線というを発見できるかもしれないが、私も馬鹿げた暇人でもないからそこまではしないけれど。

伊坂幸太郎というのは油断ならない小説家だと思う。



関連記事