なぜ資本は剰余価値を巻き込みながら成長していくのかという話。 頑張れば成長するというのは個別資本の話であって、総資本という枠組みで考えると話は簡単ではない。頑張った資本の影に駆逐された資本を考えれば、総資本の観点からは差し引きゼロということになる。 全体が成長するということは、いったいどういう意味なのか。 賃金労働者が生産して賃金労働者が生産物を買うという循環があるとして、この循環をより大きくしようとするなら賃金労働者の数を増やすというのが息の長い解決法だ。労働を強化したり消費を煽ったりという手法もあるけれど。 賃金労働者、賃金消費者の実数を増やすためには、伝統的な自給自足生活をしている人たちを近代の労働の枠組みに引っ張り込むというのが現実的となるだろう。 成長は参加者の増加であるとするなら、国という枠組みの中で全ての人が近代化され、新たに動員される人が存在しなくなった時に、その国の成長というのは止まるだろう。 この枠組みで考えると、物理的条件により先進国といえども平均的生活レベルの上限というのは決まっているというこになるだろう。 日本はあの大バブルのおかげで成長が止まって28年なのだけれど、国民一丸で頑張りすぎたおかげで世界に先駆けてその上限というやつに到達してしまったということになるだろうか。