哲学上の重要な問題に、人間の社会秩序はどのように与えられているのか、というのがある。
この問題において大事なことは、人間にとって社会秩序は無条件に与えられているわけではない、というところから論理を組み立てなくてはならないということだ。

古代中国の戦国時代。人口は2000万ほどだったと推計されている。そして前漢末には6000万弱になったという。ところが後漢が崩壊した後の魏・呉・蜀の三国志の時代、それぞれの国の戸籍登録人口は、魏443万、呉230万、蜀94万、足しても767万人にしかならない。社会秩序の消失によって人口崩壊が起こった。曹操の魏という国は、社会秩序の再建を目的として屯田制を基軸とした兵営国家体制をとった。

人間にとって社会秩序が無条件に与えられていないということは、人間の条件であり、逃れられない弱さだと思う。

関東大震災の時に、「御真影」を燃えさかる校舎の中から救おうとした学校長が何人も焼死するということがあった。丸山真男は「日本の思想」のなかで、死んだ学校長たちをファナティックで非合理な、前近代的な日本を象徴するかのような人物群だとして批判した。
大正時代、燃えさかる校舎に飛び込んで死んだ学校長たちのメンタルとは、正直どのようなものだったのか。

現代の税制は、基本的に家族単位で課税されている。しかし、江戸時代の税制は村請負だった。村の名主は藩に納める年貢を取りまとめる義務があった。この制度は村の秩序を維持する責任が名主たち村の名望家にあるという共通認識を前提としている。
村の秩序というのは無条件に成立するものではない。大体どこにでも、ならず者、ばくち打ち、チンピラみたいなやつらはいるわけで、何かのきっかけでこのようなアウトサイダーに村が乗っ取られて村の秩序が崩壊するということはありえる。
このようなことは現代でもよくある。例えば企業。現代日本の株式市場にも事業内容の極めて怪しい、おそらくフロント企業に乗っ取られているのではないかと推測してしまうような会社が複数上場している。

村の名望家たちにとって村の秩序を維持強化するためには何らかの努力を必要とした。例えば、労働と倹約の推奨、祭りの規制、休日増加の規制などだ。村の名望家たちは、これらの政策を実行するためには何らかの精神的支柱があったほうがよりいいと考えるようになるだろう。
そのような願いの一翼を支えた思想が、平田篤胤(ひらた あつたね)の皇国思想とそれを地域社会で受け止めた草莽国学だ。

草莽国学とはどのようなものかと言うと、幕末の国学者である六人部是香(むとべよしか)の「顕幽順考論」においては、

日本人は産土大神のおかげですぐれた性器と精力をもっている。対して西洋人の陰茎は細くて貧弱だ。だから男女の交合は神術であり、とくに夫婦の交合は現世において幽政の一端を許し行わしめるものだ。

という。奇怪な論理のように聞こえるのだけれど、この論理の意図というものは、村人の個々のセックスまで思想的に介入しようというものだろう。
江戸時代の村の祭りというのは、盛り上がりの最後にはフリーセックス状態になった。セックスを規制することは祭りを規制することになり、祭りを規制することは村の秩序強化に貢献することになる。

名望家が村の秩序を維持強化するために利用した草莽国学は、明治維新以降、天皇制価値秩序に回収されより強化された。

ここで関東大震災で「御真影」を守るために燃える校舎に飛び込んで死んだ学校長の話に戻る。
学校長というのは村の有力者であって、そのような人たちは、村の秩序に対する責任と自らの尊厳を精神の中で循環させながらその意識形態が存在している。そして彼らの精神体制を背後で保障するものが、天皇や国家の権威であり、これら全ての状態が、長い伝統によって学校長などの村の有力者層において精神的に内面化されていた。
命を賭して自らの正義の根拠を守ろうとすることは、ありえないことではないと思う。
「御真影」を守るために燃える校舎に飛び込んで死んだ学校長たちを簡単に批判するということは出来ない。彼らのような人たちのがんばりの積み重ねが、日本を現代の地位にまで押し上げることに貢献したというのはあるだろう。