桶谷秀昭はこの本の中で、大正末から終戦まで20章に分けながら、様々な人の内面まですくい上げながらトータルとして時代の雰囲気というものを描き出そうとしている。

二二六事件については、「第8章 雪降る朝 北一輝と青年将校」と「第9章 あを雲の崖 北一輝と青年将校」の二章が当てられている。
昭和11年2月26日、陸軍の下級将校が部下を引き連れてクーデターを起こし、高橋是清や斎藤実などの総理経験者を殺害しながら4日間で鎮圧された事件。
主犯格のほとんどは死刑になった。二二六事件以降、軍部の発言力は強まり、この事件は太平洋戦争への道を切り開いたとされている。

「二二六事件によって軍部独裁の道が開かれた」という考え方に桶谷秀昭は疑問を持っている。

そもそも二二六事件の原因というのは、下級将校の一般兵士に対する同情だ。
戦前の日本には社会保障というものはなかった。貧富の格差というのが激しくて、特に農村は不況のどん底だった。兵士は貧しい階層から調達されて日本が守られたとして、守られたのが日本ではなくただ単に日本の金持ち層だとするなら、これは完全にスキャンダルだろう。
二二六事件に参加して、後死刑になった安藤輝三大尉は、二二六事件中その第六中隊の兵を集めた最後の訓示でこのように語ったという。

「何という日本の現状だ。おまえらにはずいぶん世話になったなあ。いつか前島に農家の現状を中隊長殿は知っていますか、と叱られたことがあったが、今でも忘れないよ。しかしお前の心配していた農村もとうとう救うことができなくなってしまった」

二二六事件発生直後、軍上層部は「陸軍大臣告示」というのを出して、クーデターを認めるかのような態度を示したのだけれど、昭和天皇が二二六事件にきわめて強い嫌悪感を持っていることがあきらかとなって、軍上層部は手のひらを返してきた。

これがまずかった。軍上層部の節操のなさというのが明らかとなってしまった。

軍の上層部が自身の能力によってその地位を占めているというのであれば納得がいくのだけれど、もし金持ちの息子だからという結果でその地位を占めているとするなら、これはスキャンダルだろう。組織における上司がただ威張るだけのぼんくらで、恫喝に対してただオドオドする人間性だとするなら、このような上司のために働こうなどという部下がはたして存在するだろうか? 

二二六事件以降、明らかに陸軍において現場に対する統制が利かなくなっていく。盧溝橋事件の後、陸軍上層部は事件不拡大の方針をとるのだけれど、現場はどんどん戦線を拡大して行く。結果日本はなし崩し的に日中戦争になだれ込んでいった。
上層部が現場になめられてしまっていたのだろう。中国戦線において血気盛んな下級将校を統制するためには、すぐ上の上級将校はより過激な態度をあらわして下級将校に理解を示すという方法をとらざるをえない。彼らを統括する中国戦線の司令官は、参謀本部に対して強気なことをいわざるをえない。なめられないための方策というのが、より強気の態度を示すのみということになりがちだったのではないだろうか。

このような悪循環の原因が二二六事件にあると考えるなら、これは間違いだろう。二二六事件は、軍の上層部の人間の人格的弱さというのを明らかにしただけで、彼らの人格的弱さの原因はもっと深いところにあるだろう。そのような人物を軍の上層部に押し上げてしまうような社会的なシステムこそがが問題にされなくてはならないだろう。

戦争が終わって、日本の指導者層が戦犯として生きて巣鴨に連行されるという状況になった。しかしこいつらは玉砕戦だとか生きて虜囚の辱めを受けずとかを呼号していたのではないだろうか。彼らも所詮は臆病な小人にすぎないことが明確に証明されてしまったのだけれど、以前から彼らの小人ぶりというのは、国民はうすうす、軍関係者は明確に知っていただろう。

軍首脳部の哀れな小人ぶりを暴露したひとつのきっかけが二二六事件だったのだと思う。