一読直感、奇妙な心理小説だと思った。裏表紙には、『一級のフー&ホワイダニット』という謳い文句が書かれていたけれど、どういうつもりなのか。フー&ホワイダニットという字面がゲシュタルト崩壊しそうだ。

キーテレビ局の優秀な女性編集者「遠藤瑤子」のところに、下っ端郵政官僚の麻生がある弁護士を殺したのではないか、という麻生の怪しい行動を隠し撮りしたテープ持参のたれ込みがあった。テープを持参した春名という男はこのように言う。

「遠藤さんだからこそ、このテープをお預けできたんです。どうか事件の真相をあぶりだしてください。証拠や客観的事実なんて、あなたには必要ないんです。視聴者が欲しいのは、あなたの疑惑であり、推理です。要するにあなたの心に芽生えたものに私たちは触れたいんです」

いきなり推理小説の枠組み自体を破壊するようなことを言っている。名探偵の推理であればなんでもいいというわけだ。
このテープを編集してゴールデンのニュース番組で流した。しかしこのテープはガセだった。麻生はひどい目にあう。妻には離婚されるし、旭川に左遷されるし。
テレビ局に苦情を言いに来た麻生の言葉を聴いて瑤子はこのように思う。

「彼の言葉に嘘はない。それは長年、犯罪者や、犯罪を行ったと疑惑をかけられた無実の人間のインタビュー映像を編集してきたものの、鍛え抜かれた観察眼だ」
「しかし謝罪はしたくない。だけど謎を突き止めてやることはできる」

ひでーなおい。だいじょうぶかよ名探偵。
そのうち、テープを持ち込んできた春名が死体で発見される。瑤子は直感するんだね、弁護士と春名を殺したのは麻生だと。
ん? 麻生を無実だとした鍛え抜かれた観察眼はどこいっちゃったんだ?
この女はダメだ。名探偵ではない。かといって隠れた名探偵が現れそうにもない。それで結局どうなったかというと(これはネタバレと言えるのかどうか)、弁護士と春名という男を殺した犯人は分からないまま。

麻生は瑤子をストーカーするようになる。それに気づいた瑤子は麻生を逆ストーカーするようになる。いうなれば、冴えないオジサンと男っ気のないオバサンとの狂気の愛憎みたいなことになる。じつはこのあたりはおもしろい。
この麻生という冴えないオジサンがなかなか語ってくれる。愛憎が高まって瑤子にこのようにいう。

「俺に言わせりゃ、あんたがつくっている映像なんて、ただあんたのハサミで切りはりされた、仮説っていうオモチャなんだよ」

これに切れて、瑤子は麻生を崖から突き落として殺してしまう。
この犯罪はすぐばれそうになってしまうのだけれど、瑤子は警察に捕まる間に自分が生まれてからいかに麻生を殺すかにいたるドキュメンタリー映像を作ってゴールデンのニュース番組で流す。
ちょっと考えられない。そのような自己弁護は公共の電波でやらずに自分の裁判でやるべきだろう。

この小説、整合性に関しては一見バラバラだ。テレビの映像編集者の瑤子の傲慢さというのは狂気のレベルだ。しかしこの小説が書かれたのが20年以上前ということを考えると、思い出すこともある。
かつてテレビってすごい力があったよね。かつてのテレビの影響力を体感していないと、この小説の整合性の可能性というのは分からないのではないだろうか。「破線のマリス」における整合性の根拠というのは、テレビの持っていた影響力であって、それが失われつつある今、この小説が持つ価値というのは、急速に減退しているだろう。
若い人はテレビなんてもうあまり見ないのではないかな。私も10年ほど見ていない、家にテレビを置いていない。子供は何の不満もなくYouTubeを見ている。若い人がこの小説を読んでも根本的に理解不能だろう。