話の内容としては、第一次世界大戦後から第二次大戦開戦までの期間において、オーストリア貴族の息子のなげやりな堕落行みたいなものだった。
この貴族の息子というのが二重人格で、メルヒオールとバルタザールという人格間での対話という形式で話が進んでいく。

この小説は、読んで直接面白いというものではない。謎があって解決があるとか、ばらまかれた伏線を回収しながらエンディングに向かうとか、一つの思想によって世界観を形成するとか、そういう小説らしい小説ではない。
敢えて言うなら、おばちゃんたちの井戸端会議、女子高生たちのレディーストーク積み重ねみたいなものだろう。

「バルタザールの遍歴」を面白いかどうかの判断は、この小説の文体を受け入れられるかどうかにかかっていると思う。

本というのはいろんなところで読んだりする。寝る前のベッドの中とか、通勤電車の中、パチンコをやりながら(これは私だけか)。
「バルタザールの遍歴」を、この週末パチンコをやりながら読んでいたら、100ページほど読んだところでこれ以上は読めないという精神状態になった。文体勝負の小説だから精神に対する負荷が高い。

このような本を、文章を味わいながらじっくり読もうとする人はすばらしい、本物の本好きだ。私のように、この本をパチンコ屋で読もうなんてヤツは下の下だろう。