安倍総理は総力戦を呼号している。
総力戦とは、太平洋戦争における日本の戦時体制の意味であり、安倍総理の祖父の岸信介は東条内閣において商工大臣だった。

安倍総理が嫌いだという人はかなり多い。それも政治意識が高い人ほどその割合が高い。仮ら彼女らは、いったい安倍の何をあんなに毛嫌いしているのだろうか。

太平洋戦争の歴史的位置付けの判断について。

明治維新から現代に至るまで、日本は順調に西洋思想を吸収して先進国になったのだけれど、ただあの太平洋戦争だけが黒歴史というか正常な歴史からの逸脱だったという。何であのような戦争になったのかよくわからないと、おそらく当時の指導者も多くの国民もぼんやりしていたのだろうと。ここから導き出される結論の1つは、あの戦争で死んだ日本兵は犬死だったということになるだろう。

これは有力な考え方であって、このような思想を持つ人は、必然的に安倍総理の政策を太平洋戦争の逸脱に重ね合わせて拒否感を抱くようになるだろう。

日本国憲法第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

戦前には社会保障というものはほとんどなかったのだけれど、進歩の結果と戦後の文明国アメリカの後押しで年金とか健康保険とか、本当にありがたいよねという。太平洋戦争という逸脱はあったけれども、日本は一歩一歩の進歩によって先進国の地位を手に入れたとするならば、本当にこれは麗しい物語だ。このような物語を総力戦などという雑音で汚す安倍政策は許せないというわけだろう。

しかし、以上のような歴史観、この麗しい物語は、本当に歴史的事実なのだろうか? 

日本の近代をめぐるもう1つ別の世界観というものがある。
戦前の日本には自由主義、民主主義があったという例としてよくあげられるのが、大正14年に制定された普通選挙法だ。
ウィキによると、

それまでの納税額による制限選挙から、納税要件が撤廃され、日本国籍を持ち、かつ内地に居住する満25歳以上の全ての成年男子に選挙権が与えられることが規定された。

とある。しかしすべての成年男子とはどういうことなんだ? 成年女子はどうなっているのか? 女性を排除した選挙制度を普通の選挙などという、その時代のメンタリティーとはいったい何なのか。
女性を排除した選挙制度を普通選挙などと堂々と語る戦前の日本社会のおいて、たとえば日韓併合で日本人となった朝鮮の人たちが日本でどのように扱われたのかは推して知るべしだろう。このような社会は民主社会とはいわない、階級社会というのがふさわしい名称だろう。

このような分裂した社会体制では、日本の一体性は制限されたものになるだろう。満州事変から日中戦争に至り、日本の一体性が問題にされようになった。日本の総力を結集しなければ、難局は打破できないだろうという状況になった。
人間というのは必要とされればかんばるもので、国も頑張ったものには報いようと努力する。循環が生まれる。
現在「年金」というものがある。年金の淵源は戦中にさかのぼる。すなわち、年金とは民主主義の発展の結果、老人に与えられた権利というものではなく、老後という後顧の憂いなく現在を戦ってもらうためにつくられた制度なんだよね。
女性は戦中における銃後の活躍が認められて、戦後において女性の解放というのは劇的に進んだ。これは当然の進歩の結果ではない。かつての女性が勝ち取ったものだ。世界には女性の虐げられている地域というものがかなり存在している。

このように日本は、日中戦争、太平洋戦争を戦うことによって、階級社会が崩れて新しい社会体制に移行した。奇妙に聞こえるかもしれないけれども、総力戦というものが階級社会だった日本を民主的社会に編成替えしたという。そしてその体制が現在まで続いているという。
山之内靖「総力戦体制」という本の中にこのようにある。

「財閥解体や農地改革は、敗戦によって初めて可能になったというより、戦時動員体制が要求する水準化の結果として必然化されたと見るべきである。すべての家族や世帯が生命や財産について甚大な犠牲を負わされているとき、一部のものが特権的な格差を持続することは許されなかったのである」

「戦後日本の資本主義は、戦時動員体制が推し進め、戦後改革によって制度化されることになったこの強制的均質化を前提としてその驚異的な発展を開始する。強制的均質化をドイツナチズムのみに見られた特殊ケースとみなすとすれば、それは第二次世界大戦時代の総動員体制が果たした歴史的役割についての無理解を暴露するものといわねばならない」

この世界観からは導かれる結論の1つは、あの戦争で死んだ日本人は決して犬死などではなかったという確信だろう。

どちらの世界観がより整合性があるのかというのは、それぞれの日本人が選択するべきものだろう。