「虐殺器官」は近未来SFみたいな感じの小説。あらすじとしては、ジョン.ポールなる人物が後進諸国で内戦を煽っているということで、アメリカがジョン.ポール暗殺部隊を送り込むという話。その暗殺部隊の一人が主人公。

普通に読むと、まあなんというか西洋近代批判みたいなことだろう。そのためにさまざまな思想が動員されているっぽい。例えば、

「仕事だから。19世紀の夜明けからこのかた、仕事だから仕方ないという言葉が虫も殺さぬ凡庸な人間達から、どれだけの残虐さを引き出すことに成功したか、君は知っているのかね。資本主義を生み出したのは、仕事に打ち込み貯蓄を良しとするプロテスタンティズムだ。つまり仕事とは宗教なのだよ」

これはウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」からのインスピレーションだろう。それもかなりうまく要約しているよなーと感心した。
このような西洋思想をつないで、この小説はトータルで近代の枠組み批判みたいなことになっている。どのような枠組みかというと、これを言ってしまうとネタバレになってしまう。

少し視点をずらそう。
怪物ジョン.ポールを狙うアメリカ暗殺部隊のリーダー、クラヴィス.シェパードというのが主人公なのだけれど、こいつちょっとマザコンっぽい。
同情する余地もある。母親が事故で脳死状態になって、主人公は母親の生命維持装置を止める決断をした。これが彼のトラウマになって、自分は母親を殺したのではないかという罪の意識に苛まれる。そしてジョン.ポールの情婦を好きになって、彼女に自分の母親殺しという罪を裁くもしくは赦してもらおうと思う。標的であるジョン.ポールの、その情婦に自分の母親を投影しているわけだ。

このようなちょっと心理的に弱い主人公に読者は同情する。作者もそれを期待している。男はいつまでもマザコンだという。

そんなわけないだろう。母親が死んだ時点でマザコンメンタルは終了だ。
私の母親は20年前に死んだ。実家の風呂場で心筋梗塞を発症したらしい。時は流れて、私も結婚して子供が4人いる。子供は妻の事を、ママー、母さーん、と日々呼んでいる。私もつい、

「ママー、今日のご飯なにー」

などと調子に乗って言ってみる。すると妻、いわく、

「私はあんたのママじゃないよ」

ここまでならいい。さらに続けてこのようにいう。

「あんたのママは風呂場で浮いてたでしょ」

これをマジでいうから。こんなブラックジョーク、創作できないから。厳しい現実生活の中で、マザコンメンタルなんて脆いものですよ。

作者がマザコン魂に訴えようとしても、なかなかついて行けないという。


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