ツァラトゥストラはちょいちょい歌ったり踊ったりする。さらにこのようなことまで言う。

「戦争や祭りを喜ばなければならない。陰気な人間や、夢見るハンスはいらない。どんなに困難なことにも、自分の祭りのように喜んで取り組まなければならない」

ツァラトゥストラは祭り好きなんだろう。

ニーチェはあらゆる価値観の相対化というものを呼号したけれども、このことと祭りというのは関係性がある。
祭りにおいては、既存の価値観というのは軽くなってしまう。近代以降、日本において祭りは強力に管理されている。何かのきっかけで渋谷のスクランブル交差点に若者が集まったりすると、すかさず大量の警官が動員される。
江戸末期の、ええじゃないか、も祭りが止まらなくなったものだろう。明治政府が最初に行った施政は祭りの規制だった。

ニーチェは価値観を相対化した結果祭りに言及したというより、ニーチェ自身がそもそも祭り好きなんじゃないのかな。永遠の祭りを期待した結果、あらゆる価値観の相対化を発見したのではないだろうか。
ツァラトゥストラはキリスト教を辛気臭いといってさんざん攻撃しているわけで、これはよっぽどの祭り好きだと推測される。