光文社文庫でのツァラトゥストラでございます。

読みやすーい。すごく口語。
30年ほど前高校の時にに岩波文庫の「ツァラトゥストラかく語りき」を読んだけれども、ほとんど歯がたたなかった記憶がある。この光文社文庫版が当時あったなら、さすがに読むだけは読めたのではないだろうか。

これを読んでみて思うのだけれど、散文で語るツァラトゥストラの小話が続くと、分かるところだけつなぎ合わせて全体を理解すればいいみたいなことになる。ニーチェの場合は、これは危ない感じがする。
本文にこのような微妙な表現がある。

「そのうち君は、自分の高さを見ようとしなくなり、自分の低さをあまりにも近くで見るだろう。君の気高ささえもが幽霊みたいに、君を怖がらせるだろう。そのうち君は、全部まちがっているんだ!、と叫ぶだろう」

高さ、低さ、気高さについて、自分の勝手な思い込みを当てはめたとしても、この文章は成り立つ。成り立つがゆえに分かりやすい。
ツァラトゥストラ、分かりやすいところをつなげていったのではダメだね。分かり難いところをつないで、ゴリゴリやっていったほうがいいだろう。  五夜まで続く予定。