ネタバレなし、と言っても、まだ最後まで読んでいないので当たり前なのだけれど。 残り100ページ。

推理小説ってどういう構造になっているのかと思って、「黄色い部屋」を読んでみた。

話の内容としては密室ものだった。
スタンガースン博士(以下博士)と35歳の美貌の娘が、家の離れの実験室で日々物理実験をしている。この実験室の奥にある仮眠室が「黄色い部屋」(壁紙が黄色いらしい)、夏場、娘さんの寝室になったりする。夜、娘が「黄色い部屋」に引き上げて内側から鍵をかけた。博士とその老僕は実験室でマッタリしていた。
突然、「黄色い部屋」の中から、「助けてー」という娘の声が聞こえた。「黄色い部屋」の扉を開けようとしても、内側から南京錠がかかっているから開かない。たから、ベルニエ夫婦という、スタンガースン家の門番をまで連れてきて、4人で「黄色い部屋」の扉をぶち破った。すると、部屋の中で博士の娘が、こめかみを羊の骨で殴られて倒れていた。犯人はどこにもいない、忽然と消えてしまったと言う。

この事件にたいする警察の推理。
密室は完全である。ゆえに最も高い可能性というのは、博士が老僕にベルニエ夫婦を呼びに行かせた時、「黄色い部屋」の内外で、博士、博士の娘、犯人、という3人の時間があり、犯人が内側から南京錠を開けて部屋を出て、博士はそれを黙認し、瀕死の娘が部屋の内側から再び南京錠をかけた、というものだ。

合理的推論だろう。これで決まりでいいのではないかと思うのだけれど、さらなる犯人消失事件が起こって、博士、娘、犯人グル説というのが成立しにくくなってくる。読者は、名探偵による真実の合理的推論というものを期待するようになるわけだ。

「黄色い部屋の謎」という本は、推理小説の古典だけあって、名探偵ルールタビーユが名探偵の思考の本質を告白する場面がある。以下、抜粋してみる。

「およそ知覚によってつかめるものなんぞ証拠にはなりえないんだ。僕も、知覚しえる痕跡、の上にかがみこんだが、しかしそれはただ、僕の理性が描いた円の中へ、それがちゃんと入るようにするためだったんだ。その円は実に狭かったこともある。しかし、いかに狭いとはいえ、やはり広大だった。その理由は、その円はただ真実のみを入れていたからだ」

興味深い告白だ。非常に興味深い。
ルールタビーユには、事件の事象は自分の描く理性の円の中に意味を持ってはまるはずだという信念があるわけだ。
世界は合理的であるはずだという非合理な信念。
名探偵における問題というのは、理性の描く円の内部における緻密さということになる。理性は与えられてあり、与えられた理性は世界を限り、限られた世界はカテゴリーに分けられるという。
名探偵の事件解決能力というものは、このカテゴリー分けについてのデリケートな具合みたいなものに起因しているのだろう。
だから、推理小説においては、与えられた理性がなぜ世界を限るのかというのは問うてはならないのだろう。

「黄色い部屋」における密室の謎なんだけれど、博士の娘というのが二重人格で、結局被害者と加害者が同一人物なのではないだろうか。推理小説の種明かしとしては筋はよくないと思うのだが、これぐらいしか思いつかない。博士というのが、原子物理学の権威というのだけれど、1907年に原子物理学というのも怪しい。この博士の友人のランスという男は、骨相学者という。骨相学なんてインチキ科学の代名詞みたいなものだ。だから理性の描く円の内部に、二重人格という密室の回答も、ギリギリ入っているのではないかと思うのだけれど。