「権力への意思」を、ちくま学芸文庫下巻180ページまで読んだ。 自分がかつて書いた、この本のニーチェ評を読み返したのだけれど、とぼけたことを書いてあると思った。

ニーチェを理解するためには、既存の枠組みではダメだ。当たり前だと思うことを、徹底的に疑っていかないとダメだ。
例えば人間と動物。普通私たちは、人間は動物とは異なり懸絶した価値があると考えている。しかし、本当にそうか? 人間は言葉を話すから価値のある存在だとされているとして、言葉というのは本当に価値があるのか? 
人間を特別視する世界観からは、人間が特別であるという価値が発生するのは当たり前だ。

世界を限ったらニーチェは理解できないナー。真理とは、そのものが生存するための条件だろう。好きなアイドルが心のよりどころだったなら、その人にとってそのアイドルは真理となるだろう。物理学を専門として食べているなら、物理学が真理となるだろう。
この程度の真理は、本当に真理なんだろうか? ニーチェを理解するためには、限られた真理なんかにこだわっていてはダメだ。捨て身だよ捨て身。こうであるべきだとか、こうであってほしいとか、そういうのはなしてお願いしていかなくてはならないだろう。