経験上、この竹田青嗣という哲学者は信用できる。ちょっと踏み込みが浅いところはあるのだけれど。

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プラトンというと、「プラトン主義」とか「イデア論」とかになって、それに対する批判というのが普通になっている。ありえない批判だと思う。プラトン現物を読んでいないのだろう。竹田先生には、ずばりプラトンを救って欲しいと思う。

竹田先生はまずこのように言う。

「哲学とは、物語を用いず抽象概念を用いて世界説明を行うというルールの設定だ」

いいよー、出だしはいい。
狭い地域の血族集団なら、物語で秩序を維持するということも出来るだろう。しかし広範な地域で秩序を維持しようとするなら、抽象概念を用いた世界説明が人々の間で共有される必要がある。この場合、その抽象的概念は「絶対的真理」よりも「普遍的観念」の方が望ましい。「絶対的真理」というと、排除の論理というものに陥りやすい。「普遍的観念」で秩序を秩序を形成できるなら、より多くの人を巻き込んで秩序を形成できる。
しかしここで問題なのは、「普遍的観念」とは何か、ということだ。

竹田先生はこのように言う。
「プラトンは「客観的真理」という考えではない仕方で、思考の普遍性の可能性を見いだそうとした」

すばらしい。本当にそうなんだよ。イデア論とか言ってしまうと、イデアと物質の二元論ということになってしまう。結局、西洋合理主義はプラトンが源流だということになってしまう。
数学ってあるよね。あれって本当に客観的真理なんだろうか。そりゃー、人類が存在しなくなっても地球は太陽の周りを回り続けるだろうが、客観的真理なんていうものには意味がなくなるのではないだろうか。
「普遍的観念」という場合、人間相互の共通観念という意味が含意されているわけで、神的なものを必要とはしない。そして、プラトンは何をもって「普遍的観念」としたのか。

竹田先生はこのように言う。
「プラトンのイデア論の基本構造は、はじめに世界への欲望とエロスが存在し、これと相関的に世界が分節されているという欲望論的構造を示しているのである」

ちょっと待て、竹田。 詰めが甘いだろう。

欲望が根拠って何なんだ? そこはもっとさかのぼれるだろう。個人的に言わせてもらえば、プラトンの言う「普遍的観念」とは、それぞれの「一体性」のことだろう。国家においては国家の一体性、個人においては、自分が自分であるところの自己同一性。そもそも自己同一性のないところに欲望の充足はないだろう。

竹田青嗣が、プラトンの一体性の思想にたいして詰めが甘いのもしょうがないところがある。ここを掘っていくと、ヒトラーにつながっちゃうんだよね。プラトンの哲人王とヒトラーのナチズムというのは、明確に相関関係がある。せっかく持ち上げたプラトンが、ヒトラーの思想によってけがされるのが忍びないという意識があるのだろう。

この本はすごくいいところまでプラトンを説明していると思う。北村透谷まで持ち出しているのだけれど、この部分は渾身の言説だと思った。


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