吉田松陰は論語をどのように読んだか?
論語 里仁第四 073 にこのようにある。

「子日わく、人の過ちや、各々其(そ)の党に於(おい)てす。過ちを観て斯(ここ)に仁を知る」


これをどう読むか。 私なんかは、人の振り見てわが身を、みたいな感じで読んでしまう。東洋哲学の碩学、宇野 哲人は、「論語新釈」のなかで、「過ちを観てここに仁を知る」の部分を、


「過失を見ると仁者が不仁者かがわかる」

と訳している。

では、この部分を吉田松陰はどのように判断しているのか。 講孟箚記の告子上第11章の箚記にこのようにある。


「人を殺すは不仁なり、殺すの心は必ず仁なり。仁は愛を主とす。人を愛する。己を愛する。同じく仁なり。もし愛するところなくんば、憎むところなく、殺すところなし」


驚くべき論理を展開している。

「論語」の「過ちを観てここに仁を知る」のなかの「ここ」を、過ちを犯した本人その人自身をさしていると、吉田松陰は判断しているわけだ。 

そもそも「論語」というは、たんなる教訓集ではなく、その言説全体で広範な地域に秩序を形成しようという意思を持って成立している。論語の一節一節が互いに互いを持ち上げようとしている。そのような文脈で「論語 里仁第四 073」を考えるならば、常識的な判断よりも、暴論のように聞こえる吉田松陰の説が正しい。  

幕末の不思議というのはいろいろある。  

尊皇攘夷の嚆矢だった水戸藩が内部崩壊したり、高杉晋作が奇兵隊という農民部隊をつくったり、第二次長州征伐で、長州は四面の圧力を跳ね返したり。 

おそらく、幕末における長州藩には、全体としてかなりハイレベルの秩序の一体性が成立していたと推測できる。そして、ほぼ間違いなく長州一体性の源泉は吉田松陰だろう。  

現代においては、吉田松陰なんてたいして評価はされないと思うのだけれど、そのような市民的な判断というのは間違っていると思うんだよね。この世界の秩序というものは、市民的な道徳やフーコーの言うパノプティコン程度のもので、本当に支えられているのだろうか。

東アジアには一神教的な神は存在しないのだから、秩序の源泉というのは注意深く判断するべきだと思う。

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