子供のころから近代小説というのはよく読んだのだけれど、正直、今はあきあきしている。 言文一致形式の文章って、なんだか味気ないよね。 回りくどいのはいいから、結論を早く言え、みたいに思ってしまう。  その点、「十八史略」はいい。 子供のころに絵本を読んで陶然としていたことを思い出す。  今日は、伝説のテロリスト荊軻(けい か)のところをじっくり読んでいく。   

時は戦国最末期、秦の始皇帝がもう世界を統一しようかという。燕の荊軻が秦の始皇帝、当時はまだ秦王政と言っていたのだけれど、これをね、ちょっと暗殺に行くという話。 

「荊軻、行きて易水(えきすい)に至り、歌いて曰く、」 

易水というのは、燕の国の南部国境を流れる川。この川を越えると、もう敵地。荊軻はこの川を越えるに当たって、惜別の歌を歌おうというわけだ。2200年の時を超え、今でも語り継がれる歌がこれ。 

「風蕭々(しょうしょう)として易水寒し。壮士ひとたび去って復(ま)た還(かえ)らず」 

たまらん、説明の必要なし。 

「荊軻、咸陽(かんよう)に至る。秦王政、おおいに喜んでこれを見る。荊軻図を奉じて進む」 

咸陽は秦の首都。図というのは燕の国の地図で、これを渡すと、この土地を献上するという意味になるらしい。 

「図窮まりて匕首あらわる。王の袖をとりてこれを突く。いまだ身に及ばず。王、驚きて袖を断つ。荊軻、これを追う」 

なんか巻物形式の地図の中から匕首が出てきたんだな。これにはたっぷり毒が塗ってあって、一撃コロリなんだよね。渾身の追いかけっこ、始まる。 

「柱をめぐりて走る。秦の法、群臣の殿上に侍する者は、尺寸の兵をとるを得ず。左右、手をもってこれをうつ」 

柱をめぐりて走るだって。場面が急に立体的に思えてくる。殿上では、秦王政しか剣を持つことは許されていないらしい。群臣みな丸腰らしい。どうする? 

「王、剣を負え。ついに剣を抜き、その左股を断つ。荊軻、匕首を引きて王に投げ打つ。当たらず。ついに体解してもってとなう」  

秦王政、剣が長すぎて抜けなかったんだね。そこで一声、「王、剣を背負え」だからね。 たまらん、必要と思える説明さえ削ってくるこの感覚がたまらない。