上巻を読み終わった。  主人公のカストルプ青年は一皮むけてきた。結核サナトリウム内で、本当に死にそうな人を花をもって訪ねるようになった。これ、本当は禁じ手なんだよね。  このサナトリウムは、金持ちが病気のふりをして貴族的閑暇をアピールしあう場なんだよ。本当の病人を見舞ってしまったら、虚構世界が崩れてしまうということになる。例えて言うなら、金持ちが車自慢をしている中に、マジの車好きが車哲学を語り出したみたいな感じだろう。  しかし、死に行く病人を見舞うということは、悪いことではない。この世界には、空気を読むことよりも大事なことがあるという考えは、一つの見識だと思う。   一皮むけたカストルプ青年は、次に憧れの女性を口説く。今まで遠慮していたのだけれど、謝肉祭の夜にショーシャという女性を徹底的に口説く。  普通、口説くといっても限度というものがある。私も経験があるけれど、やりたいからといって直接おっぱいやお尻をほめることはできない。女性の精神と肉体を両方持ち上げるような感じで口説いたと思う。たいがいうまくいかないのだけれど、志を遂げたことも何回かあった。やりたいのがメインなのに、女性の人間性を褒めるというのは、ちょっと偽善な感じがしていやだったのだけれど、ちょっと他に方法が思いつかなかった。 ところがカストルプ青年はすごい、ショーシャ夫人の脛骨(けいこつ)の2本の動脈の大腿骨に合流している様を褒めだすから。ショーシャ夫人の皮膚の下の肩甲骨が動く様を褒めだすから。これが成り立つのなら何でも成り立つだろう。  これでインテリジェンスな女性が落とせるのなら、昔の私ってかっこつけすぎていたのかと思っちゃう。  まあ、カストルプ青年みたいにオープンマインドになれなかったということだろう。      トーマスマンの「魔の山」って、ハードルが高そうな感じなんだけれど、上巻まではそうでもないね。

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