虫の声が、リンリンすごいよ。秋ですなー。日本の秋。  ノーベル文学賞の受賞基準というのも、実はよく知らない。小説が面白いだけなら、東野圭吾もノーベル文学賞候補に挙がっていもいいわけだよね。 そんな話も聞かないし、おそらくノーベル文学賞には、西洋人が喜ぶような哲学的なハードルがあるのだと思う。大江健三郎の場合は、そのハードルをクリアーしたのだろう。 大江健三郎の初期の短編の主人公は、あらゆる価値観を対等だとみなすような、現代風のクールな青年だ。しかし大江健三郎は、このクールな青年が冷ややかに世界を見るというスタイルを早々に放棄して、弱い人間がいかにしたら救われるか、というテーマに移行した。 最後は、日本的な救いみたいなところに行き着いたと思うのだけれど、こういうエキゾチックなところが西洋人に評価されてのノーベル文学賞だと思う。  村上春樹の場合はどうだろうか。ノルウェーの森で、「価値観を対等だとみなすような、現代風のクールな青年」を主人公にして読者の共感を得たあと、後の作品の主人公達は、そこから一歩でも踏み出しただろうか。 私も、そう馬鹿げた暇人でもないから、村上春樹作品を全部読んでいるわけでもないのだけれど、書評レビューを見る限り、村上春樹作品の主人公は、ノルウェーの森からあまり変わっていないのではないかと思う。  小説として面白いものもあるかもしれないけれど、ノーベル文学賞は面白いことが受賞の基準とはならないことが、容易に推測できるし。村上春樹、このままではノーベル文学賞は無理な感じだね。  川端康成から大江健三郎と、西洋における日本エキゾチックのハードルが上がってきているし、このハードルを村上春樹が越えるというのはほとんど無理だろう。