安倍総理は、明確に総力戦政治を展開している。やっぱり岸の孫だけある。 総力戦思想とは何かというと、一つの結論を言えば、下層階民を持ち上げ、上層階層の頭を押さえつけて、貧富その他の格差を縮小し、日本の一体性を強化しようという政治思想だ。  日本は戦中にその経験がある。  安倍総理の祖父である岸信介は、東条内閣の商工大臣だった。岸は、満州国でソ連の5カ年計画をまねた経済政策を遂行する責任者だった。満州での総力戦プロトタイプの実行者として、東条内閣の商工大臣に押し上げられたわけだ。  日本の総力戦思想は一敗地にまみれた。あの戦争は完敗だった。しかしだからといって、かつての総力戦思想が全て否定されるべきものかというと、私はそうは思わない。アメリカが強すぎた。総力戦を戦った記憶というのは、日本の財産だ。  あの敗戦から70年たって、呪わしい記憶が薄れる中、安倍総理が再び総力戦を呼号するというのは理解しやすいところだろう。  そして、小池新党とは何かというと、総力戦を拒否しようとするものだ。バラバラであったアンチ総力戦の人たちが、小池のもとに集合しようとしている。  では、総力戦を拒否しようとする人たちとは、どのような種類の階層か?  戦中の総力戦で損をした人たちとは、どのような階層かということを考えると分かりやすい。 まず都市部知識層。総力戦時代においては実体というものが重視されて、架空の観念の地位というのが低下する。一番割を食うのが都市部知識層だ。  あと不在地主。 戦後、農地解放というのがあったのだけれど、あれはもうすでに戦中から計画されていた。農地解放は、GHQがやったというより、総力戦思想を持った日本官僚がGHQにやらせたというのが正しい解釈だと思う。 さらに資産家。 戦後、とんでもない財産税がかけられたことがある。累進課税の最高税率90パーセントという全く強力なやつだ。これも農地解放と同じ思想系統だろう。  ある種の人々は、過去の総力戦思想に忌まわしいイメージを抱いているということはありえる。そのような人たちが、小池新党のもとに結集しようとしている。  そもそも、橋本の大阪維新といい、小池の都民ファーストといい、なぜ都市部にアンチ中央、アンチ総力戦の政党が出現するかというと、都市部に、知識階層や高額地主や資産家などが集中しているからだ。  ここはよく考えなくてはならない。流れに流されてはならない。  もし自分を知識階層だとか資産家だとかと思うのならば、小池新党に投票すればいいし、自分を一般大衆だとか無産者だとかと考えるのならば、安倍に投票すればいい。  小池新党に民進党が合流するなら、奇妙な感じはするけれども、話は分かりやすくなるだろうと思う。