「ドンキホーテ」とは何なのか?、ドンキホーテとは何者か?  この小説の登場人物というのは、だいたいにおいてゆっくりだ。もちろん馬鹿というわけではなく、考え方というか思考パターンというか、そういうものが、現代の価値観と比べてなんだけど、ゆっくりしている。  これに対して、ドンキホーテのみがチャキチャキしている。大事なことと、どうでもいいこととの区別をつけて行動している。  どうしてかというと、登場人物で彼のみが、「騎士道」という観念で自らの価値観を強力に秩序付けているからだ。ドンキホーテは、騎士道という奇妙な観念を頭上に頂き、それによって世界の価値を整除して、そこから強力なエネルギーを得る。これは、回りから見ると狂気と映る。   私は何の意味もなくこのようなことを語っているわけではない。  現代とはなんだろうか。現代日本において人は、江戸時代以前よりはるかに強力な労働環境にさらされている。私達はその労働をこなしたりこなせなかったりするわけだ。私達は普通チャレンジする。チャレンジできないものは引きこもりになり、チャレンジに失敗すると神経症になる。何が現代の私達を労働に駆り立てるのか。結局、私達の価値観というものが秩序付けられていて、そのような状況から、まあなんというか働かなくてはならないという観念が生じる。   ドンキホーテは幸せだった。好きな「騎士道」によって自分の世界観を秩序付け、そこからエネルギーを調達していたのだから。では、私達の世界観というのは、いったい何によって秩序付けられているのか。   実はこれがわからないんだよね(個人的には知っているのだけれど)。ウェーバーによると、失われてしまったらしい。  決してドンキホーテを馬鹿に出来ない。私たちは、騎士道を忘れたドンキホーテだし、かつてドンキホーテを狂気だと判定して人たちはどこにいるかというと、ニート、軽度知能障害者、ADHDとして、軽く狂人扱いされている。