ハイデガー「存在と時間」の中に、

「現在、過去、未来、という時間の概念は、非本来的な時間理解からさしあたり生じたものなのである」

とある。

このような常識と思われている観念を振り切るには、かなりの困難と闘うことになるだろうとハイデガーは言う。  

この言説を真に受けて、時間は超越できるなんて思い込んだらオカルトになるし、かといって全く間違ったことを言っているというわけでもないような。  

確かにこの現代世界はあっさりしすぎているとは思う。死んだら無だとか、時間は過去から未来に一定に流れるだとか、進歩と啓蒙への価値の付与だとか。  

このような強烈な常識をひっくり返すというのは並たいていではない。強力な反証がほしい。有無を言わせないようなヤツ。  

進化論ってどうにかならないものか。  

ダーウィンの思想ってまだ生きているよ。適者生存という論理。  
適者が生き残ったからといって、無条件に進歩するというものでもないだろう。何らかの進歩の枠組みみたいなものがあるはずだ。もしそのような進歩の枠組みがあったとして、その進歩の枠組みはどこからもたらされたのか。神がいないとするなら、その枠組み自体にその存在理由が組み込まれているはずだ。  

この存在理由が明らかになったとして、その理由なるものは、この世界の価値観で語られてしまうわけだろう。  

それちょっと違うよね。  

非本来的ではない時間世界の中に飛び込んで、そこから時間を語るべきだよね。  

そんなことが出来るのか。別の世界からこの世界に何かを呼びかけるということが。今まで誰もターウィンをひっくり返せていないのだから、、これってかなりハードル、高いのではないかな。

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