「存在と時間」 第46節に 

「存在の未済を取り除くことは、現存在の存在を絶滅させることを意味するのである」 

とある。 

現存在には未済構造があって、これを取り上げられると現存在は死滅してしまうという。何故か? 

言っていることは、バフーチンが「ドストエフスキーの詩学」で言っていたことと同じだろうと、引き付けて解釈してみる。   

バフーチンはこのように言う。

「このモノローグ世界では、単一で必然的に唯一の意識と並んで、無数の経験的な人間の意識が存在する。真理の立場からすれば、個々人の意識などは存在しないも同然である。意識のうちで本質的なもの、真実なるものはすべて意識一般の単一のテキストに入り込み、個性を喪失してしまう」  

結局ハイデガーの目論見というのは、近代世界のあり方を、人間存在の形式の中で完全に相対化しようということだろう。

なぜ現代はモノローグ世界なのか? 
この世界で真理とされるものは実は何なのか? 
個性を喪失させる、すなわち現存在の存在を絶滅させる真実とは何なのか? 

ハイデガーは、これらの事をトータルで語ろうという。   

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