ハイデガーは、人間世界においては雰囲気の上に事実や論理が形成されるという。そうであるなら、歴史も、歴史的事実や個人の偉業で記述されるのではなく、時代の雰囲気の遍歴で記述されるべきだろう。すなわち精神史だ。日本は明治維新から150年たった。その150年を貫くような枠組みの中での、雰囲気の遍歴の歴史というものがありえると思う。近代日本の雰囲気を再現できる歴史家は有能であるし、さらに雰囲気の遍歴の歴史を記述できれば、そいつこそが天才だろう。