悪くないと思った。正直、最後ちょっと泣いちゃった。  ミステリーとしては、話の整合性が取れていない。美姫が被害者を車に残して電車に駆け込んだ時に、被害者はまだ生きていたわけで、条件が最初に与えられていれば美姫が犯人ではなく別に真犯人がいるということは簡単に明らかとなっていたであろう。  事件は、マスコミとツイッター情報で盛り上がって、美姫が犯人であるということで展開していって、警察というのはほとんど出てこない。  しかしこの映画は、本格ミステリーというわけではなく、いかに大人の記憶というのが自分に都合よく再編成されているかというのを主題としているので、話の整合性というは2次的問題だということだろう。  大人になると、自分の居場所を確保していかなくてはならないということもあるから、いつも真実を語るという訳にもいかない。みんな能力ギリギリのところで仕事をしているから、自分を失い記憶を失う。そんな時に価値を持つのが、子供のころの記憶だろう。この映画では、最後のロウソクでの合図シーンとなっている。  子供のころのなにかすばらしい思い出以上に、尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つない。たった一つのすばらしい思い出しか心に残らなかったにしても、それがいつか僕たちの救いに役立ちうる。もしかすると、まさにそのひとつの思い出が大きな悪から彼をひきとめてくれ、彼は思い直して、 そうだ、僕はあのころ、善良で、大胆で、正直だった、 と言うかもしれない。内心ひそかに苦笑するとしてもそれはかまわない。保証してもいいけれど、その人は苦笑したとたん、すぐ心の中でこう言うはず。 いや、苦笑なぞして、いけないことをした。なぜって、こういうものを笑ってはいけないからだと。