孔子の論語を読んでも、私なんかは「まあいいこと書いてあるな」程度しか思えない。しかし、当時春秋末期においては、孔子というのは革命的言説を操るレベルだったのではないかと密かに思う。  歴史上には驚くべきコンビとうものが存在する。一人がまず世界を相対化するような論理を展開する。それが行き渡ったところで、もう一人が、より合理的な世界観を求めて、緩んだ世界観を再編成しようとする。一番わかりやすいのが、ソクラテスとプラトンのコンビだ。ソクラテスは、当時の社会的成功者のところにいっては、そいつの人生論がどれほど無価値か指摘して回っていた。今で言うと、「私の履歴書」に載るような人のドヤ顔で語る人生観を、いちいちたいしたものではないと言って回っているようなものだ。これは根源的に効果的だろう。どうせ人間はいつか死ぬのだし、お金をかせいだり人からちやほやされたり、そんなことは無意味といえば無意味なわけだから。そのように、価値観が相対化されたところに、プラトンが現れて価値観を再編成してより強力な世界観を作ろうとしたわけだ。  これはニーチェとヒトラーの関係にも当てはまる。ニーチェが価値観を相対化して、ヒトラーがより強力な世界観を再編成しようとしたわけだ。  私はおそらく、孔子と孟子の関係も同じだと思う。孟子があのような強力な世界観を提示できたのは、孔子がそれまでの春秋の世界観を相対化していたからだと思うんだよね。しかしこのことがピンとこないのは、春秋の世界観というのがどのようなものだったかというが、分からなくなってしまっているからだろう。孔子の攻撃的な言説である「論語」だけが残っていて、春秋のどのような世界観を孔子が相対化しようとしていたのか、ほとんどわからなくなってしまっているのだろう。  まあ大体そのような流れでなくては、孟子の言説が何故あのように協力なのかという説明が全く出来なくなってしまう。  だから、論語というのは、何か良い事を言おうとしている言説集合ではなく、何らかの強力な世界観に対する挑戦の言辞ではないかと思う。