この白楽天というのは、本当に幸せな人なんだよね。

楽天主義とか楽天家とかの「楽天」というのは、この白楽天に由来するのではないかとネットで検索してみた。出てくるのは三木谷の「楽天」ばかりだ。
その楽天株式会社の由来というが、読みたくもないのに読んでしまったのだけれど、織田信長の楽市楽座の「楽」と楽天的の「天」をあわせて「楽天」だという。

なんだかこれおかしくないかと思って。

楽天的という言葉の中に、すでに「楽天」という言葉が入っているではないか。織田信長の楽市楽座なんて、まずもって関係ないだろう。楽市楽座って言いたいだけなんじゃないのかと思ってしまった。 

 白楽天の最晩年の詩、「達哉楽天行(たっさいらくてんこう)」。  

幸せの人、白楽天の、全く自然体の詩だよね。  白楽天は70歳で官職を引退して収入がなくなった。ちょっと困った。そこでこのように書く。   

起き来たりてなんじと生計を計る   
薄産の処置に後先あり  
先に南坊の十畝の園を売り  
次に東郭の五頃の田を売らん  
しかる後にかねて居る所の宅を売れば  
髣髴として銭の二三千を獲ん   

こうなるともう日記だろう。韻を踏んだ日記だよ。最後の締めはこうだ。  

死生は可もなし不可もなし  
達なるかな達なるかな白楽天  

驚くほどの自然体だよね。頭がよくて憎めないというのは両立が難しいと思うのだけれど。白楽天は別格だろう。

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